名前を呼ばれ、顔を上げる。「待たせてごめんね」彼の謝罪にううんと首を振った。向かいから走ってくる長太郎には随分遠くから気付いていた。けれどわたしは気付かない振りをして携帯をいじっていたので、口が緩んでにやけてしまうのを堪えるのに必死だ。
首を振ったのは本当で、大学構内で待っていたわたしは彼が来るほんの五分前に着いたばかりだったのだ。申し訳なさそうに眉をハの字にする長太郎に気を遣わせまいと、彼の左腕をポンと叩いて出発を促す。「さあ行こう」長太郎は頷き足を踏み出す。今日はこれから映画を見に行って、それから夜ご飯を食べる予定なのだ。


「そういえば、背伸びた?」
「え、そうかな」
「なんか……あ、サンダルの分か」


彼の視線を辿るように自分の足元を見遣る。夏の暑さに負け、今日からサンダルデビューを果たした足は普段の靴には到底及ばない厚さの底と、文字通り背伸びをしたヒールのそれを履いていて、元の身長にプラスされたカサは何センチだろうか。「ああなんだ」背が伸びたなんて言われておかしいと思った。わたしの成長は中学の時点で既に止まっているのだ。
初めて履くこのサンダルは足のサイズとぴったり合っていてとても歩きやすかった。ヒールが高めだから長時間歩くのには向いていない気がするのは自分が普段こういう靴に慣れていないせいだろう。大学生になって徐々にヒールのある靴を履くようにしようと思いつつ、実用性を重要視しがちなわたしは未だに平べったい靴がお気に入りだった。
けれど、こういうときくらいはお洒落をしたいのだ。長太郎と出掛けるときくらいは可愛い靴を履きたいし、普段つけないイヤリングもしたい。高校生だった今までそういうことをしてこなかったから馴染んでいない感は否めないけれど、せっかく長太郎と一緒にいられるのだから、頑張りたいと思うのが乙女心ってやつだろう。歩きながらさりげなくわたしの方を見る長太郎を目だけで見上げると、彼は至極自然な風に、わたしを見下ろしていた。


「気を付けてね」
「何に?」
「転ばないように」
「転ばないよ!ばかにしてんのか」


「してないよ」長太郎が困ったように、けれど楽しそうに笑う。ばかにはしてないけれど、なんだろうか、なんか、子供扱いされている気がする。長太郎とは幼稚舎に入る前からの付き合いで、彼自身そんなタイプではないのに身長が高いせいで、まるでわたしが面倒を見られている気持ちになるのだ。長太郎はそんなつもりないのだろう、けれどこうして心配されることがときたまあった。嫌ではない、気にかけてくれるのはむしろ嬉しい。けれど長太郎とわたしは歴とした同い年の幼なじみだ。面倒を見られたいわけではない。
そういえば、長太郎はお姉さんがいるのにヒールの存在を失念するなんて、不思議だな。普段から家の玄関で見ているはずなのに。それに気付くのと同じタイミングで、はあ、と隣から溜め息が聞こえた。


も大人になっちゃったな」
「なったら駄目なの」
「んー…ちょっと焦るかな」


びっくりして思わず顔を上げる。わたしを見る彼は眉尻を下げているけれど、細められた目はキラキラしていた。その眼差しは何かをしゃべっている、気がした。


「今日のイヤリングかわいいね」
「……え、あ、うん…ありがとう…」
「本当だよ?」


そんなのわかっている。わかるからこんなに動揺しているのだ。パッと顔を逸らし、地面で視界をいっぱいにしてしまう。心臓がどきどきしているのがわかる。おまえがそういうことを言うのは、ずるい。

焦るなんてこっちの台詞だ。わたしはもうずうっと前から、長太郎がどんどんかっこよくなっていくことに焦っている。