一護が意識を取り戻したのは藍染との戦いから十日後のことだった。その頃にはとうに俺も弓親も傷は癒え、己の力量不足を自覚し鍛錬に打ち込むようになっていた。いつだったか四十六室で藍染の処遇が決まったことを弓親から聞いた気がするが、正直なところそれほど興味の湧くものでもなく適当に聞き流した。おそらく奴の姿を拝むことはもう二度とねえだろう、という大雑把かつ的を射たであろう認識を持ち、今日も修業だと鍛錬場に足を向けた。


「あ!一角さん!」


遠くから名を呼ばれ振り向くと、十一番隊舎の入り口から歩いてくるが見えた。大きく手を振るそいつに応える前に、あとに続くようにして門をくぐってきた奴らに目が留まった。


「一護じゃねえか」
「そう!一護!見つけたんで引っ張ってきました」


右腕を一護のそれに絡ませズルズルと引きずってくるの謎のガッツに内心呆れる。さらにその後ろから弓親が姿を見せ、そういやさっき二人で三時のおやつを買いに行くとか言ってたなと思い出した。その弓親は前を歩くと一護をジト目で睨みつけていて、その眼差しのまま俺を一瞥した。長い付き合いじゃなくてもわかるだろ。逃すまいと一護の腕に絡みつくに気が気じゃねえらしい。俺のところまで引きずられてようやく観念したらしい一護がの手を振りほどく。


「だあーもうっ!せっかく浮竹さんが穿界門開けてくれるっつってんのに!」
「挨拶もなしに現世に帰るなんて水臭いじゃんか一護ー」
「挨拶もなしに腕引っ掴んで連行してきた奴に言われたかねえよ!」
「…んで?」
「浮竹隊長と面白そうな話してたから、僕らも聞かせてもらおうと思ってね」


ラチがあかないと弓親に振れば端的な答えが返ってくる。へえと声を漏らすと、一護はべつに面白くねえし隠し事でもねえよと不満げに眉間に皺を寄せた。


「俺から聞かなくてもすぐに知ることになったっての」


そう言った一護の口から説明された、奴自身の身に起きた変化とこれからのことは、この場にいた俺ら三人には予想外すぎる内容だった。「…霊力がなくなる、って……」呟いた弓親も目を瞠り一護を凝視している。「いつになるかはわかんねえけどな。今は全然そんな感じしねえし」ああ、それはわかる。目の前の一護の霊圧は安定している。変化は特に感じられねえ。だからこそ、それがなくなるという話が信じがたい。
一護が今度激痛を伴って意識を失ったときが、奴の霊力、ひいては死神の力を失うときなのだと言う。それがいつなのかは誰にもわからないらしい。


「一護死神じゃなくなっちゃうの……」


どうやらこの場で最もショックを隠せていないのはらしい。眉をハの字に下げるのを横目で見、それから一護に戻す。


「んで、おまえはこれからどうすんだよ」
「どうって、何にも変わんねえよ。現世に帰ってこれまで通りの生活をするだけだ」
「死神の力を使うのもか」
「ああ。霊力を使ったらその分早くなくなるってモンでもなさそうだし。そうだとしても出し惜しみなんかしねえよ、俺の力でできることは何でもやる」
「さすがは死神代行!よっ一護かっこいい!」
「台無し」


パシンとの頭を叩く弓親。こっちもこれまで通りの生活だわな。そんな二人を見て苦笑いの一護に向き直る。


「ま、せいぜい楽しむこった」
「おう」


話も済んだことだしと一護が踵を返したところで今度は朽木がやってき、穿界門の準備がまだしばらくかかるとの旨を伝えた。そりゃあ丁度いい。「んじゃあちょっと付き合えや」一護の肩を組み、有無を言わせず鍛錬場へと連行する。そろそろウチの隊士の相手も退屈になってきたところだったんだよ。





「クッソ……!」
「病み上がりじゃやっぱキツイかあ?」
「だから病み上がりじゃねえっつってんだろ!」


這いつくばった一護が起き上がり威勢良く振り被ったのを木刀で受け止める。弾き、態勢が崩れたところで胴を突けば奴は吹っ飛び仰向けに倒れた。三戦全勝。フンと鼻を鳴らし木刀を肩に担ぐ。


「一旦休憩にしたら?さすがに十日も寝てすぐ本調子ってわけにもいかないんだろうし」
「おう。んじゃおまえと入れよ」
「わかったよ」
「はーい」


壁際で観戦していた二人と入れ替わるようにしてはける。外へ開けた戸口の壁に寄りかかるようにして立ち、それを挟んだ反対側に一護が座り込む。
向かい合った弓親との勝負は毎回の意味不明な掛け声で始まる。「うりゃあーー!」逆に気が抜けそうなそれに対して何度目かの溜め息をついた。


「はっ!」
「でえっ?!」


すぐに弓親の剣術にのされ床に倒れ込むもすぐさま体勢を立て直し反撃に移る。は普段の意味不明な言動が目立つが、腐っても十一番隊の六席にいるだけのことはある。弓親との実力差は歴然としているが。


「なあ、ずっと気になってたんだけどよ」
「あ?」


戸口分離れたところから話し掛けてきた一護を横目で見遣る。当の本人の視線は正面の二人に向けられていた。


「弓親とって、やけに仲良いっつーか、よく一緒にいるよな?」
「まあな」
「付き合ってたりすんのか?」


特に他意は含まれていなさそうな口ぶりだ(まあそこの心配はしていないが)。一護と同じように剣を交える二人に顔を上げる。弓親が手加減しているのは一目瞭然だ。本気でやれば一瞬で片が付くがそれでは自分のためにものためにもならないからといつもそうしている。それをわかっていながらも勝てないは悔しそうに歯を食いしばり懸命に応戦している。だが、弓親が本当の意味で本気を出せない理由はわかっていない。


「今は付き合ってねえが……そうなってもいいんじゃねえの」


視界の隅で一護が目を丸くしたのがわかった。手加減をしても押しているのはずっと弓親だ。この差が埋まることはねえだろうな、と思う。それはへの諦念ではなく弓親への信頼だった。奴の才能と努力と、なによりプライドが、に負けることを許さない。
俺から何か口出しをする気はなかった。まず性分じゃねえし、あの二人なら周りがとやかく言わずともどうにでもなると思っているからだ。とやかく言うのは松本くらいじゃねえかと踏んでいるが実際のところはどうなのかよく知らねえ。


「弓親なら惚れた女のことくらいテメェで何とかすんだろ」

「隙あり!!」
「っ?!」


弓親の動きが鈍った隙を突きなぜか大外刈りを決めた。バシンと弓親の手が床につく。「しゃーーー!!」は放り出した木刀をそのままに、両手でガッツポーズを掲げた。「何やってんだ」「ほんとにな」と呆れたように呟く一護に同意していると、上体をのっそりと起こした弓親が俺らに振り返った。


「……」


げ、すげえ睨んでやがる。聞こえてたか。


top|破面迎撃編おわり