同学年の平子真子という男に話しかけられる回数が増えるにつれ、もしかしてとは勘繰っていたものの、いざ好意を告げられたときは驚き半分納得半分の、受け手にあるまじきリアクションをしてしまったと思う。とはいえ、彼は気分を害すこともなく、いつも通り掴み所のない態度でわたしの返事を待っていたのだけれど。 話しかけられるだけじゃなく、ここ数ヶ月は遊びに誘われてもいた。彼といるのはむしろ楽で居心地が良いとまで思っていたため、大抵のお誘いには乗っていたものだから、真子も脈があるという確信を得ていたのだろう。大して面白くもないリアクションをしたあと、まさか躊躇っているとは思われたくなかったわたしはすぐさま頷いた。高二の春のことだった。 彼は奇抜でこそあれ無駄のない整った顔立ちをしていて、背も申し分ないくらいには高く、何より、性格がとびきりよかった。関西の人だからなのか、彼とひよ里とリサ以外の関西人を知らないので一概には言えないけれど、お話をするのが楽しく、困っていたらさり気なく助けてくれる、よく気のつく人だった。 「ー帰るでェー」 「あ、うん」 真子が教室の後ろのドアから顔を出した途端、後ろの席に座っていたひよ里がガンを飛ばしたのがわかった。腐れ縁のせいか二人は喧嘩するほど仲がよく、ちょっとしたことで言い合いする姿を見かける。隣のクラスの真子と知り合ったのだって友達のひよ里経由だ。それを真子はだんだん忘れていっている気がするけれど。 「なんやひよ里、ぶっさいくな顔して」 「ほんまシバく!表出ろや真子ィ!!」 「あ?って痛ァ?!」 付き合い始めたことをひよ里に言ったときはちょっと大変だった。突然胸ぐらを掴まれて、「何考えとんねん!!」と頭をぶんぶん揺すられた。気は確かかと何度も聞かれ、うんうんと肯定していると不本意ながらも納得はしてくれたようで、真子がわたしに会いにくる度ガンを飛ばすだけに留めてくれるようになった。すぐに手が出るのはひよ里の性質みたいなもので、更に言えば彼女の愛情表現とまで思えるから、いくら胸ぐらを掴まれたって愛しいことには変わりない。実は、ひよ里と真子の喧嘩風景を見るのも、結構すきだったりする。 しばらくすると気が済んだのか、取っ組み合いを終えた二人が肩で息をしながら距離を取る。先にはあ、と一つ息をついたのは真子のほうで、彼はこちらに歩み寄ると座ったままのわたしを見下ろした。 「帰んで」 「ひよ里も一緒じゃだめなの?」 「アカン。誰がこいつなんかと」 「気ィ遣うなや。うち、リサたちと約束してん」 「あ、そうだったね」 「せやけどもこっち来たらええねん。そんなハゲ捨てて」 「オイ!」 「それは無理だあ。でもまた今度四人でクレープ食べに行こうね」 「おお。ほなな」 年齢の割に小柄なひよ里は鞄をひっ掴むと、あっさり教室を出て行った。小さな背中が見えなくなるまで見送る。彼女が、わたしと帰りたがってくれているのはよく伝わってくるし、わたしだって彼女と帰りたいと思っている。自分の身体が二つあれば解決するのになあとは、よく考えることだった。 「俺らも帰んで」 「うん」 先ほどの取っ組み合いのせいか、真子はかったるそうに首を曲げ、覇気のない目でわたしを捉えた。そんなになるんならひよ里を煽らなければいいのに。身長的な差からか、二人の関係は対等でこそあるものの幾分か真子がひよ里を動かしているように見える。彼が上手く立ち回ったら喧嘩にはならないのではと思うのだけれど、さすがに真子を買いかぶりすぎだろうか。 「あー首いた。あいつ加減っちゅーもんを知らんでホンマ」 「真子だってひよ里に技決めてたじゃん」 「あんなん全然本気やないわ。ちょーっと力込めれば痛ァて音ェ上げるヤツやねん。拳西から教わった」 「あの人プロレスもできるんだ」 「ちなみに体育選択で柔道取ってんからいよいようちの学年の覇者や、誰も勝てへんで。どないする」 真子と話していると話題がどんどん移り変わって楽しい。彼はいつもおちゃらけていて明るかった。ときどき、何にもやる気ありませんみたいな顔をすることもあるけれど、それは本心じゃないみたいな、いや本心だろうけど大袈裟に振舞っているだけ、に見えるから、それはそれでいいと思う。何が言いたいのかというと、真子って大抵へらへらしてるよね、っていう。 「どうもしないけど。むしろ心強い」 「俺という恋人を前にしてなんちゅー浮気発言!」 「どこがだ」 あはは、と手で口を覆う。へらへらしていたって、それでもわたしはなんだかんだ、確かに、真子のことがすきなのだ。彼には長所がたくさんあって、わたしが欲しいものをたくさん持っているから尊敬もしている。……唯一望むことといえば。 「ねえ真子、たまには真摯なとこ見せてよ」 一緒にいるのは居心地がいいし楽しいから別れようなんて絶対思わないけれど、ちょっとくらい、彼の真面目なところを見てみたいと思う。リサや拳西たちから聞く限りでは、どうも真子はいつもへらへらしているわけではないようだ。そりゃーそうなんだけど、いくら真子だってずっとへらへらしてるわけにはいかないだろうけど、にしたってわたしの目には、にこにこへらへらしているか、わかりやすくだるそうな顔をしているところしか映ったことがなかった。 だから見たいんだけど、と説明を省きながら見上げる。真子は至ってやる気のなさそうな、ノーマルな表情をしていた。通じてないかも、と思ったのも束の間、にやっと、口角が上がる。 「わかってへんなァ、。俺のそないなとこ見たらおまえ、逃げられへんで」 ちらり、少しだけ見えた舌ピアスに視線が吸い込まれる。しゃべっている間しか見えないそれと真摯な彼はどうにもミスマッチだと思うのだけど、それでも見たいと思うのが乙女心というやつでしょう。実際、見てなくたって既に逃げられそうもないんじゃないかと思うけれど。 「うん、逃げられなくてもいいから見せてよ」 「お、おう。……おまえ変なとこでどきどきさせよるな」 真子もわたしから逃げられなければいいのに。 |