雨がしとしと降っている。これは五月雨というのだろうか、もう梅雨は終わったというのにしぶとい雨雲は何か恨みでもあるようでただ今暁が潜伏しているアジトの真上から一向に動こうとしない。うちのメンバーの誰かが雷さまに何かしたのだろうか。奴らなら有り得るな、と一人しみじみ頷くと背後に気配を感じたのでそちらに向く。大方暇な誰かだろう、と見当をつけていたのでそこにサソリがいることに大してリアクションしなかった。どうもサソリもそれを求めてはいなかったようで口も開かないわたしに対し何も言わなかった。何しに来たんだ、と疑問に思いつつもそもそも頭のいいサソリと会話するのは疲れてしまうので余計な発言は慎む。小馬鹿にされるのが落ちなのをそろそろ学習してきたわたしは目を合わせたあとすぐ首を元の位置に戻した。


「なあ」
「なに」


顔は見ない。背中を向けて本に目を落とすけどなかなか進めないでいた。同じ行を何回も読んでしまう。話し掛けるならもっとこっちに来ればいいのに、サソリは広間の入り口から動かない。


「外行こうぜ」


まるで拒否されることを頭に入れてないような物言いだった。それは前からで、だからといってわたしがサソリの言うことを全部聞いてきたわけじゃないというのに、その態度はずっと変わらなかった。何を持ってその口振りになるのかいつも気になっていたけれど、でも今聞くものでもないのでその疑問は先送りとする。


「嫌だよ」
「どうして」
「こっちの台詞だよ。どうしてこんな雨の日に外出ないといけないの」
「大事な用がある」
「知らない。一人で行けばいいじゃないの」
「そうやってなるたけ動きたくないっていう精神は褒められたもんじゃねえな」
「わかった。お腹痛い。はい正当な理由」
「じゃあ薬買いに行くぞ」
「意味わからん」


サソリ意味わからん。ここはサソリの支配下ではない。おまえのわがままが全部通ると思ったら大間違いだ。再度首を向けるけれど口をへの字にするのはわたしで、サソリはゆっくり瞬きするだけで特に動揺を表に出してはいなかった。


「俺だって正直おまえを誘うのは不本意だが、今日暇な奴はおまえしかいねえんだ」
「今日である理由を述べよ」
「実験」


は?何の実験だよ。思ったことをそのまま声にするとサソリは口をにやりとさせたあと鼻で笑った。


「今日完成したんだ。思い立ったが吉日という言葉を知ってるか?」
「知ってる」
「この身体だ」


掌を見るため伏せた目はどこか憂いを帯びていた。その瞬間からわたしはこいつを遠い存在に感じるようになる。


「今まで雨の中に長時間いると関節が錆びたり皮膚が剥がれたりしていた。それじゃあこれからの戦闘に支障が出るだろ。だから水に強い改良を施した。それからついでに火にも強くしておいた。それに伴い手に管を通し術によって水と火を出せるようにした。今日はその改良が成功しているかを確認するために外に出る」


途中からサソリが何についてしゃべっているかわからなくなっていた。馬鹿にされないように真剣に聞いていたはずなのに、脳は途中で理解するのを放棄してしまっていた。だってあまりにも、サソリが自分の身体を人形のように扱うから。あくまで実験台のような。そんなの認めたくなくて考えることをやめた。
でもどうしてこいつがわたしと一緒にその実験を試したいのかわかってしまった。そこには何にもなく、ただ実験が失敗だったときの場合に備えて、誰かと一緒にいたいのだ。本当に今日暇なのはわたしだけだったようで、それ以外に他意はない。


「サソリはそれでいいの」
「何が?」
「そうやって…自分省みないでさあ…」
「…はっ。相変わらず馬鹿だな、


いいから言ってんだよ。俺は造形師だからな。
そんなことを言うサソリのことは一生認められない、のに、多分一生見捨てられないと思う。何が永遠を極めるだよ、おまえが一番馬鹿だ。