高校がいつも通り六限で終わった。名のある進学校なばかりに授業も理解出来てない部分は多いがやっていればそのうちわかるようになるものだ。今までそうやって長い目で見てきたし、今回の試験範囲にも間に合った。明日で全教科答案返却されるが恐らく赤点はないだろう。それにしても今日の化学謎だったな。夏休み前最後の授業にも関わらず新しい単元に入り出す化学教師は何を考えているのかわからない。そして授業内容も説明が下手で何も伝わってこない。数学は得意だけど化学はすきになれないと思った。電車の乗り換えを一回して家に帰る。母さんはいるが防犯のため鍵はいつも閉まっているので自分のカバンからキーケースを取り出しドアを開けてただいまと短く声を発すればリビングから母さんの返事が聞こえる。スニーカーを脱いで同時に入った視界に妹のお気に入りの靴がないところを見ると近所の子供と遊んでいるのだろう。まず洗面所に向かい手洗いうがいをし、それからリビングに行き母さんに妹は友達の家で遊んでいるということを聞きやっぱりなと思いながら麦茶を一杯飲んだ。幼稚園に通っている妹は最近近くに住んでいる同い年の友達の家にお世話になることが多いのだ。グラスを流し台に置いてそのまま自分の部屋がある二階に上がった。
そして閉められたドアを開け放った、瞬間、冷気が僕を迎えた。……エアコン付けっぱにしてた?まさか、朝気付かないわけがない。第一昨日寝るときにタイマーにしたから朝には消えてるはずだ。じゃあ誰が?一瞬母さんかと思ったがむしろ母さんは付けっぱなしを怒るからその可能性はない。なら妹か、というとこまで考えてやっとベッドの違和感に気付いた。いや、気付いたというか、犯人を見つけた。数秒凝視してから、カバンを床に投げて廊下へ乗り出した。


「母さん!勝手に部屋に入れるのやめてって言ってるだろ!」


すぐさま一階から「あー忘れてたーそうそう来てるよー」と間抜けな声が聞こえて脱力した。言いたいことが伝わってないことにもだし、この馬鹿がいたことにもだ。
。僕と同い年の幼なじみだ。中学まで一緒で高校になってから離れた。離れたのに依然こうしてよく僕の部屋に上がり込んでくる。それがかなりの頻度なので僕がこいつの顔を忘れる隙なんて当然ない。玄関でこいつの靴を見落としたのか、溜め息を吐いて寝転がっているの脇腹を蹴ってやった。すると何故かこちら側に寝返りを打ったあと何か呻きながらゆっくり目を覚ました。「…あ、佳主馬。おかえり」うん、とだけ返し、それから口に手を当て大きなあくびをかますに僕は何度目かの注意を促す。


「勝手に部屋上がんなよ。あと寝るなって何回も言ってるだろ」
「んん、そうだっけ」


忘れた振りをするのはの得意技だ。のんびりとした動作で起き上がり、髪の毛を整える様子を横目に僕は床に放り投げたカバンをベッドに再度放り投げた。また寝ないように、が起き上がったすぐ後ろに投げた。「今日は何の用」短く問えばもう脳は覚醒したのかにやにやして「用がなきゃ来ちゃいけないのー」とほざいた。覚醒しても頭は悪い。用がなかったら来ないくせになに馬鹿なこと言ってんだ。そうじゃなきゃ足元に置いてある数学のノートは何なんだ。
が迷惑にも持ちかけてくる用というのは大抵こいつの宿題を手伝えという内容だった。稀に話を聞いてほしいことがあったり妹の遊び相手になりに来るが、確実に言えるのはこいつの一方的な都合で僕とは顔を合わせているということだ。招いてもいない部屋に勝手に上がり込んでくるんだからそれは当然だ。というか昔なじみのだからってほいほい部屋まで通す母さんも母さんだと思うけど。ふざけたの台詞には溜め息で返し、杜撰な扱いを甘んじて受けているノートを拾ってやった。言わなくてもわかったことにか、さすが佳主馬、とか聞こえたけど無視をする。パラパラめくり今日の箇所を探して見つけたところには一通り問題だけは写してあって一問目の解答スペースには解こうと試行錯誤した結果全消しした痕跡が見受けられたがそれ以外は本当に真っ白だった。前のページに戻ってみるとそこにも自分の字が並んでいたので、きっとより僕の方がこの授業内容を把握しているに違いないと思った。僕は受けたことないけどそれ以上にこいつは理解できていないだろう。そんなことを考えているとがベッドに膝立ちしてノートを覗き込んできた。「そうそこ。意味わかんなかったから教えてくれ」勉強に対する意欲は毎度見せるがどうせ結局半分も理解しないうちに家の夕飯の時間になり帰ってしまうことは目に見えている。いつもそうだ。この問題たちも僕が全部解くことになるのだろう。うん、と了解の返事だけしてに背を向ける。机に持って行くのだ。そこには昨日の夜いじっていた黒いノートパソコンがあって、今は不要だから右にずらした。
後ろでが「あ、そうだ、佳主馬」と何か思い出したように話し掛けてきた。


「あのね、またクラスでキングカズマの話が出たんだよ」
「ふうん」
「かっこいいよねーって。わたし黙ってるけどいつも誇らしいよ」


キングカズマの使い手が僕だというのは伏せておくように言ってある。広まるといろいろ面倒だからだ。ふうん、ともう一度同じ相槌を打って、青い回転椅子に座った。自分の体重の分沈む。そのまま机に頬杖をついて、何の興味もない数学のノートで視界を埋めた。は見ない。それから何を勘違いしたのか知らないけど、の小さい笑い声が聞こえた。


「キングカズマはみんなのヒーローだけど、佳主馬はわたしだけのヒーローだ」


思わせ振りな言動もの得意技だ。そうやっていつも適当なことを。当て付けに、だからなんだよと言い返してやったけどはだからなんだろうと首を傾げる始末なので当分はこの関係は続くのだろう。はいつか僕の真意に気付いて死ぬほど悩めばいいと思う。