今このとき座ってるイスが高校のみたいな四本足のだったり家にある回転イスだったりしたら、思いっ切りひっくり返っていたと思う。残念ながらシッダウンなうのこれはカフェの定番である壁に沿って一繋がりになっているソファなのでそうなることは叶わなかった。しかしそれでもややオーバーリアクションと思われるひっくり返る動作をし背もたれに激しく背中を打ち付けたわたしに対し、隣に座っていた観月は紅茶を持ったまま一時停止をしただけに留まっていた。なんだよわたしだけ恥ずかしいじゃないかと当て付けにそいつを見たのだが当の本人はやや眉をひそめていて、何が彼をそうさせているのかわからなかった。今の話のどこに機嫌を損ねる部分があったのだろうか。そもそも今の観月は機嫌を損ねているのだろうかと疑問に思われるがそこは長年つるんできたわたしが保証する。損ねてる。原因を追求しようかと考えて却下したところで目の前に座っている柳沢がわたしに向かって満足そうに笑った。


「いいリアクションだーね」
「あっす!…いやいや待ってどういうこと?!ほんとなのそれ!」
「マジだーね。本人からきいた」
「うおおおお赤澤あああああ」


赤澤に彼女ができたらしい。その重大発表を柳沢から聞くことになるとは思わなんだ。だってわたし奴と先週たまたま大学内で会って暇だから二人で学食でだべってたのにそのときは何も言われなかったよ。なんでなん、言ってくれよ赤澤。なぜ柳沢に言ってわたしには言ってくれないの水臭いじゃないか。臭いのはカレーだけにしてくれよ。
もう七月に入った。中学のとき集ったテニス部メンバーがそのまま大学に進学したのでこいつらとは長い付き合いだ。中学の頃からお手伝いという名のパシリを度々やらされたわたしもこうしてまだつるんでいるのである。


「この前に会ったけどなんか言いづらかったからおまえから言っといてくれって言われただーね」
「あ、そうなんだ」


なんだか釈然としないがどうして言いづらかったのかは赤澤本人に聞こう。そのあと彼女の写真を見せてもらったり二人のデート風景を妄想したりした。そのあと柳沢の五限が始まるということで三人でドトールを出た。


「まさかこのメンバーで最初に彼女できたのが赤澤だとは思わなかっただーね」
「ね。だって淳は?なんであいつできないの?!」
「未だに彼女がいたことないだーね」
「なぜだよ…」


昔からわたしの推しメンは淳である。なのに高校でもできなかったし大学の今も女子と全然しゃべらないそうだ。確かに女子と朗らかに会話してる木更津淳なんて見たことないし想像もできないけど、でも奴には是非彼女の一人や二人作ってほしいと思う。だってかっこいいじゃない。いけめんじゃない。優しいし、いい奴なのに。ちなみに淳と赤澤と野村は授業があったので今日の会合には欠席である。

柳沢と別れ、観月と二人きりになった。彼の通学路にわたしの最寄り駅が含まれているので、こいつとは最後まで一緒なのだ。そういえば赤澤の彼女の話以降全然しゃべってないぞこいつ。


「観月はすきな人いないの?」


さっきから不機嫌な様子の観月に話題を振ってみる。こいつが機嫌を損ねることはよくあることだが、こうして今わたしと二人っきりなわけなのだから片方がそんなんじゃ気まずいってものだ。観月が不機嫌なときは大抵ほっとくのだけど、何度も言うが今わたしと観月しかいないのだ。話す相手はこいつだけなのだ。だから不機嫌なんて無視して話し掛けるしかないのだ。ちなみに不機嫌な観月を放っておくのは何も観月めんどくせえって思ってるわけじゃなく、不機嫌じゃないときにそのことを話したら放っておいて結構ですよって言われたからだ。実はそのときまでめんどくせえって思っていたのだけどそう言われて放っておいたら気にならなくなった。賢い観月は機嫌の悪さ故に誰かに当たったりしないのだ。一人で黙って不機嫌してる。ということも言ったらただ機嫌を損ねているだけじゃなくて考え事をしているのだと言われた。そうなん?
とにかくその観月をわたしは見た目は結構美人だという評価をしている。読めない性格だから推しメンとするには手に負えなさそうで誰にも言えないが、観月ってかなりいい物件だと思う。礼儀弁えてるしスポーツできるし頭いいし。こいつも勿体ないな。


「ああ…そうですね」


観月はしかめた顔のまま呟いた。そういえばこいつに女の影を見たことがない。そういえばでも何でもないけど。よく考えるけどその理由がわからないので知らないふりをしていたのだ。中学の頃からマネージャーみたいなことをしていた観月とお手伝いだったわたしは多分誰よりも仲良くしていた。だからそういうところも推しメンにしない理由な気がする。心理的に。
観月は誰かの彼氏になってほしくないなあって思うのだ。


「すきな人はいるんですけどね」
「え、あ、そうなんだ」


なんだ、いるのかよ。…ちょっと落ち込むなあ。いないと思ってたのに。なんだ。
「告白はしないの?」努めて明るい声だったと思う。「しますよ、近々しようと思っていたのですが」その声で下を向きたい気持ちになったけど抑えて観月を見返したのだけど、そこでわたしは息を呑んだ。


「赤澤の波に乗ったと思いたくないので」


そう自嘲気味に笑う観月が、やけに綺麗だった。そしてわたしを見るその目がとても、なんていうか、とにかく綺麗で、………なんでそんな目で見るのかわからない。
観月、そんなんじゃ、わたし期待してしまうよ。