つくづく自分って馬鹿だなあと思う。とっても珍しく朝一番に学校に来たと思ったら事務のおじさんが階段をモップで磨いているところを挨拶しながら上って踊り場三段手前で滑って手をついたとこがモップの水切りの何て説明すればいいかわからないけどあの足で踏んでローラーがモップ挟んで引っ張ると水が搾れるあれ。上開いた箱みたいな形してるからその枠のとこに手ぇ掛けちゃってまあひっくり返るよねみたいな。階段の滑り止め意味ないねみたいな。もう片方の手が先に床についたから顔をぶつけることはなかったけど水の入った水切り機は倒れ体全体にかかって階段の下へ下へと流れていくし足も角にぶつけたから至るとこが痛い。ていうかこの惨状なに。今日大殺界?ノストラダムスの予言の日だった?しばらく一時停止していたわたしを助けたのは先程「そこモップかけたばっかだから滑るよ」と教えてくれた優しい事務のおじさんだった。おじさんに非はないのに何故か全力で謝られ、ここはやっておくからと言われ教室に促された。制服はもうびしょ濡れでジャージに着替えるしかなかった。かかった水が変えたばかりで綺麗だったことと二限に体育があったのは幸いだが、普段制服で過ごす生徒たちに混ざるジャージのわたしはさぞかし目立つことだろう。鬱だ。

友達に事情を説明すると哀れまれ、そこまで仲のよくない隣の男子からは失笑された。濡れた制服はビニール袋に入れてロッカーにしまってある。帰りにクリーニングに出して、明日は夏服を着よう。制服移行期間はまだだけどこの場合やむを得ないだろう。

周りの目が痛いのが気にならなくなってきた昼休み、隣のクラスの長太郎に呼び出しをくらった。ていうか教室まで押しかけてきて有無を言わせない剣幕で「来て」と言われお弁当を開ける前に連行された。


「ちょうたろ、」
「制服どこ」
「え、ロッカー」
「怪我は?」
「たいして…」


くるりと振り返った長太郎は眉をひそめていて、見上げるわたしの目を見ていなかった。さらにその下の何かを見ている。「その痣」「あ、ああ」倒れたときにぶつけた両足の痣のことだ。勢い良すぎて痣の色が青っぽい。しかしまあ、よくもこんな両足同じ箇所に痣作れるよね芸術だろ。


「まあいいや。制服出して」
「なんで」
「クリーニング出しに行くから」
「は?」
が行こうとしてるとこ今日定休日だよ。ここの近くならすぐやってくれるし、早い方がいいだろ」
「あ、うん…どうもありがとう」
「じゃあ行くよ。五限間に合わなくなる」
「長太郎のご飯食べる時間がなくなるよ」
「俺んとこ次自習だから平気」
「さいですか…」


ロッカーから制服を出すととても自然な動作で持たれた。隣を並んで歩く長太郎の気配を感じながら、前だけを向いてわたしは口を開く。


「…べつにいじめられたわけじゃないから」


長太郎はそう思ってるんじゃないか。だからさっきから一方的な態度で話の主導権を握っているんじゃないか。そう思って言った瞬間「は?」という声が降ってきて見ると目を見開いた長太郎がいた。あ、まじで勘違いしてたんだ。こいつは無害な人間だからこのあと照れて笑うんだろう。なんだよ間違えたーって「知ってるよ」「え」……どうも間違えたのはわたしの方だったようだ。


「いじめられてるの?」
「いや全然」
「階段で滑って転んだんでしょ?」
「あ、はい。え、ていうかなんで知ってんの?」
のクラスのテニス部から聞いた」


べつに教えろなんて言ってないのにね。そう言った長太郎は至って真顔だった。そういえば今の隣の男子ってテニス部だった。あのやろう絶対長太郎茶化してるだけだ。ただの幼なじみっつってんだろうが。


「でもそれを真に受けてこういうことするから調子に乗るんじゃないのあの人」
「まあ得をしてるのは俺だし」
「は?」


「意味わかる?」問うてくる長太郎から瞬時に顔を逸らし、そこに集中する熱をなんとかして逃がそうとする。意味が、わからないこともない。 こういうときポーカーフェイスで切り返せればいいのににやけてしまいそうになるから、つくづく自分って馬鹿だなあと思う。