だってそんなの聞いてない。わたしがどれだけこの日を楽しみにしていたかサソリは知らないのだ、だから軽々「出掛けて来る」とか言えるのだ。戸締まりしっかりしとけだとか歯ァ磨けよとか言われた気がするけど「出掛けて来る」の一言を脳が消化するのに時間が掛かって他は耳を素通りしてしまう。出掛けて来る、それはつまり今から暁としての任務かもしくはそれに準ずる何かをしに行くということで、おまえは来るなということで、今日わたしと出掛ける予定だったのがパーになるということだ。なんてこった。わたしがこの一ヶ月、この日のために生きていたと言っても過言じゃないくらい楽しみにしていたというのに、サソリはそんなの知るかとでも言うようにあっさり背を向けるのだ。なんてこった。


「おい話聞いてんのか」


聞いてるよ、口は動くのに息が伴わないので声にならない。声帯が死滅したのだろうか、わからないが聞いてることを主張する術を一つ失ってしまったようだ。せめてと思ってサソリと目を合わせると彼は至極何でもないようにわたしを見ていた。向けられる眼差しもいつもどおりだ。わたしはこんなに動揺してるというのに、涼やかな表情はさすが傀儡とでも言うべきか、静まり返った水面を連想させた。
待つのが嫌いなサソリはこれ以上わたしの言葉を待ちたくなかったのだろう。スッと顔を背けられ、赤い髪に埋もれる耳しか見えなくなる。その視線の先にはさっきまで改造していたヒルコが腰を据えている。


「もしかしたら新メンバーが入るかもしれねえぜ」
「 え」


ワンテンポ遅れて漏れた声にサソリが少しだけ振り向いた。その口はもう少しで暁の外套に隠れてしまいそうだったけど辛うじて見える、が、あんまり楽しそうではなかった。「嬉しくないの」やっとまともに出た声で今度こそ完全にこちらを向いてくれた。


「話に寄るとガキらしい」
「がき?」
「岩隠れの抜け忍だ。歳はおまえくらいなんじゃねえの。知らねえが」
「どうして嬉しくないの?」
「大蛇丸の後釜だ。間違いなく俺の相方になるんだろうぜ」
「質問に答えてよ」
「わからねえか」


止まったままの水面はあくまで止まったままだ。伏せた目にかかる長い睫毛にサソリの褐色の瞳が見えなくなりそうだ。静まり返った水面にサソリの動揺は映らない。そもそも動揺なんかしてないのだろう。


「ガキのお守りなんざしたくねえんだよ」


完璧な美を極めたのだろうか、でもサソリの今の姿はただ彼の少年だった頃の姿でしかない、はずなのに、例えようもないくらい綺麗に唇が動くのは何故だろう。元がこのとおりの容姿だとしたら、だとしても、わたしがこんなに見惚れるだけで、他は特に変わらないのかなあ。見た目の美しさで忍の強さは計れない。
繊細で頭も良ければ未来の数歩先も見えてしまうのだろうか。新しく入ってくるかもしれないわたしくらいの歳のガキのお守りをする運命のサソリは少しだけ眉をひそめた。


「口を開けるな。間抜けに見える」
「あ、うん」


言われないと気付かなかったそんなことをいちいち指摘してくる。そうやって新メンバーのガキの面倒を見なくてはいけないのだろう。わたしと同じくらいなら、暁の幹部では最年少だ。


「でももしかしたら優秀で大人しい子かもしれないよ、イタチさんみたいに」
「優秀で大人しい子がほいほい里抜けるか。大体イタチみたいのと組まされたって嫌だぜ」


「まあ大蛇丸も嫌だったが」そこでやっとにやりと笑ったのだがその表情は些か自嘲気味だった。そんなこと言ったらおまえはみんな嫌だと言うだろう、と思ったのが伝わったわけじゃない。サソリ自身でその極論に行き着いたから、だから自嘲の笑みを漏らしたのだ。わたしの思考回路の数十手先を読んでいる。きっとこの人には一生及ばない。


「お守りの対象はおまえだけで十分なのにな」


そう言ったサソリの目は更に伏せたのか、いっそ閉じてしまったのか判別がつかなかった。大体わたしの歳はもうお守りなんて必要ないはずだけれど、わたしが駄目な人間だからお守りなんて形容される扱いを受けるのだ。数秒ののち、再びわたしを捉えた目にはさっきと特に変わったところはなかった。


「サソリ、今日わたしと」
「早く戻って来れたら甘味処行ってやるよ。それまでここにいろ」
「うん、戸締まりもしておく」
「ククッ…こんな洞窟みたいなとこに戸締まりも糞もあるかよ」
「サソリ言わなかった?」
「言ってない。昔母親に言われたのでも思い出したか。ホームシック治らねえな」


小馬鹿にしたように笑うサソリに見惚れないように努めたけど無理だった。新しく入ってくる子がわたしと同じくらいの歳でわたしみたいに駄目な人間だったらサソリが懸念したとおり彼はいろんな面倒を見なきゃいけなくなるのだろう。それでもわたしは、ただの部下だけど、図々しいけど、その子にサソリが取られるのは嫌だなあと思うよ。