たまたま高校が同じになった遠山くんとはかれこれ九年の付き合いである。そしてその数は特に問題が起こらなければ否応なく十二にまで積み重なることになるであろう。まあ一緒の学校ってだけで直接関わったことなんかそんなないのだけど。よく言う「業務連絡しか話したことがない関係」である。
赤い髪は染めているらしい。わたしが聞いたのではなく、席が前後だったときに男友達が遠山くんとしゃべっているのが聞こえただけだ。遠山くんについての情報なんてそれに部活動をプラスしてしまえば終わる、そんな関わりの薄さでも高校まで一緒というのは結構稀らしく、同じ中学からこの高校には遠山くんとわたししか進学しなかった。そして小中九年間で同じクラスになったことは中一の一年間しかなくてあまりの薄さに同じ中学の人いる?と聞かれたとき彼の名前を出すと違和感を覚えるレベルに達していた。


「遠山くんかっこええなあ」


友人が帰り際、テニス部が活動しているコートを横切ったときそう言った。ねー、とよくある返事をする。十六歳にまで成長すると遠山くんの所属するカテゴリは「可愛い」でなく「かっこいい」になるらしい。その変化を見届けているのは少なくとも同学年ではわたしだけだ。でも他学年だったら部活の先輩の方がよく知っているだろう。
確かに背もある程度は伸びたし、声も少し低くなった。身長さえはっきり女子に勝てるとこまで伸びてしまえばかっこいいカテゴリになる世間は無闇に遠山くんを可愛い可愛いと褒めそやさなくなった。数年前の小さくてやんちゃな可愛い「金ちゃん」は、知らなければ想像も出来ないだろう。わたしは知っているから、かっこいいに分類される遠山くんに、可愛い彼の面影を垣間見ることがある。


「遠山くんかっこええんに先輩から金ちゃん呼ばれてん、なんや不思議やなあ」
「そうかなあ」


だからその理由を知っているわたしは友人の詠嘆に同調しない。下手に頷いてボロが出るとまずいし、隠すことでもないのに知らない振りをするのは変だ。


遠山くんと同中なんやろ?中学の頃どんな感じやった?もててたん?」
「どうだろう、でも女子からも可愛いって言われてたよ」
「えー?!そうなん?」
「だいぶ小さかったしね」
「小さかったん?!…あー…そんならかわええかもなあ」
「今でも結構男子可愛い可愛い言ってるよね」
「なー!遠山くん顔綺麗やん、きっとむさ苦しい男子からしたら可愛がりたくなんやろなあ」


あー言われれば金ちゃん呼ばれんの納得できるわあ、と納得した友人に苦笑いしておいた。





次の日は朝から遠山くんの絶叫を聞いた。ホームルームの鐘が鳴る中わたしの教室の前を猛スピードで駆け抜けたのだ。クラスのテニス部員は「遠山やかましいわァ」とけたけた笑っていて、それがよくあることなので気付けば遠山くんは学年中の有名人になっていた。確かにあの破天荒な性格はみんなの目を引くだろう。休み時間のガールズトークに遠山くんの名前が出るのもよくあることだった。

それから昼休み、トイレから戻る途中向かい側から遠山くんとそれより少し背の高い男の子が歩いて来るのが見えた。男の子の方が遠山くんに何か話しているけど、廊下は煩くて言葉としては聞こえない。


「おお、おるで!や!」


え。
遠山くんの声は大きくて無駄に響く。満面の笑みで男の子にそう返す彼をガン見したのがばれてばっちり目が合ってしまった。


「おー!」
「、あー」


咄嗟にそんなリアクションしかできなくて死にたくなった。どちらも歩みを止めず、ただすれ違いざま「同じ中学やんな!」「うん」という会話を交わした。ああなるほど、と思ったすぐ後ろで男の子の「何組?」という問いに遠山くんは即答していた。

なんだかいろいろ照れ臭くて、カーディガンでにやけそうになる口を隠して早足で教室に戻った。ただ名前を呼ばれただけなのにこんな恥ずかしいのはなんでか、五時間目にじっくりと考えることにする。