ユキちゃんがいつもと違う髪型をしていたので、ああまたかあと思った。周りのくのたまたちもちらほらそんなふわふわな雰囲気を醸し出していた。きっと今日お出掛けするからタカ丸くんに髪の毛を結ってもらったんだろう。彼は髪結い師の一人息子で、ちょっと前までそこで髪結いを目指していたらしい。きらきらの髪の毛とか綺麗な指とか羨ましいし誰からも好かれてるからもちろんわたしの周りの友達もタカ丸さんタカ丸さん言って髪の毛を結ってもらってる。あ、わたしはしゃべったことあるけど結ってもらったことはない。なんか頼みづらいよね、くのたまの四年生ってわたしだけだから、(あ、最高学年です)年下なら尊敬してますって体で行けるけど同い年で頼むのってなんかリアルじゃん。髪なんか結ってもらっちゃってどうするのー?誰かすきな人でもいるのー?って感じじゃん。ああすいません気持ち悪いですね。


さんもお出掛けしませんか?」
「あーううん今日はいいや」
「そうですかあ。じゃあ何かお土産買ってきます!」
「えっいいよそんな」
「いいんですよー」


ソウコちゃんがそれじゃあ行ってきますって振り返ると同時に髪飾りが落ちた。気付いてなかったから急いで拾って「ソウコちゃん、落ちた」「えっあっすいません!」声を掛けると慌てて戻ってきたので軽く土を払い、最初に付いていた位置に付け直してあげると「ありがとうございます」と笑った。てこてことユキちゃんも戻って来る。


「これ、タカ丸さんに結ってもらったんですよー」
「この髪飾りももらったの?」
「そんなわけないじゃないですかーこれは自分のですよー」
「あーでもタカ丸さんからもらってみたいわねえ」
「確かに!」


「それじゃあ失礼します!」きゃいきゃいとまたタカ丸くんの話をしながら歩いていく二人の後ろ姿を見送って、さてわたしは何しようかなあと踵を返した、ら。


ちゃーん」
「うわっタカ丸くん」


ちょっと離れたところをタカ丸くんが歩いてて手を振られた。気付かなかったわ。ソウコちゃんとユキちゃんタイミング悪いなあ。
いつも通り安定した笑顔でこっちに近づいてきて、「今日ひま?」なんて聞いてきた。もちろん暇である。


「うん」
「じゃあさー髪結わして?」


呻いた。しばらくフリーズして、それから「あ、うん」とかいう何とも女子力の低い返事をしてしまって後悔した。タカ丸くんはへにゃりと笑って「よかったあ」と言った。何がよかったんだろう。じゃあ僕の部屋来てって二の腕を掴んできたので正直勘弁してくれと思った。太いのばれる。
それでも何も言わず半ば引きずられるような形で部屋に連れて来られて、勉強机の前に座らされた。控え目に彼の部屋を見回す。タカ丸くんて結構綺麗好きなんだ。
すっと、後ろでタカ丸くんが座った気配がして、わたしは何となく緊張した。「髪紐とるね」「うん」髪を結うなんて、生まれてこの方お母さんにしかしてもらったことなかったから、だ。ああでも、わたしは今喜んでるんだろうか。タカ丸くんに結ってもらえるなんて光栄なことだし。(もしからべつの意味で嬉しいのかもしれない)けれど手放しで喜ぶのは何だか照れ臭いのだ。だから多分、わたしがいくら心の底でタカ丸くんに髪を結ってもらいたかったと思っていて、それが自分の口から言わずに実現したとしてもわたしは素直に喜べない。(だってあれだ、タカ丸くんはみんなに平等だから)(べつに頼んできたのだってわたしだけじゃないし)浮かれるな、とか思ってる時点でわたしはタカ丸くんのことがすきなんだろう。


ちゃんだけだよー髪結ってって言ってこない子」
「あははは…」


そりゃそうだ。タカ丸くんにこんな邪な思いを抱いているのはきっとわたしくらいだ。他の子は君を憧れの対象ぐらいのレベルで見てる。それに中在家先輩とかみたく近づき難いわけでもないから気軽に頼めるってわけだ。わたしだって君と話すのなんて訳無いもの。ただ同学年として、会話で終わらすのが適正距離だと思っていた。弱虫なわたしの言い訳だけど。


「でもほっとしてたんだよねえ。ちゃんが言ってこないの」
「え、なんで?」
「んー言ってきたら、すきな人いるんじゃないかって思っちゃうから」


……は?一体それは、どういう意味だ?かなり動揺したけどわたしはそれを見せず「そうか」とか返した。言った瞬間そうかって何だと自分で突っ込んだ。でもタカ丸くんは気にせずにこっと笑ったのだろう、柔らかな声で「ちゃんだけにはね」と言った。全く意味がわからない。


「はい完成!」
「あ、ありがとう」
「なんの!俺がやりたいって言ったんだし。こちらこそありがとう」
「はは…あれ」


若干違和感を感じてそこに手をやると「え、タカ丸くん」三つ編みの結び目にはおそらく花みたいのが付いてる。あれだ、これ、ソウコちゃんがさっき付けてたやつみたいな…「うん、花の髪飾り。似合ってるよ」いやいやいやいや!


「ちょ、あの、いいよ」
「あげる」
「はい?!駄目だよ!」
「なんで?」
「なんでって、こっちの台詞だよ」
「俺はちゃんがすきだから」


なんだと?目をぱちくりした。髪飾りに触れていた手がゆるゆると元の位置に戻る。タカ丸くんはいつもと同じ様でまるで違う雰囲気を醸し出していて、わたしは肩を竦めた。


「髪飾りあげるのだって髪を結わせてなんて言うのだって、全部君にだけだよ」


「気付かなかった?」へにゃりといたずらっぽく笑うタカ丸くんにいよいよ余裕は無くなり顔に熱が集中する。どうしようわたし何て言えばいいのかわからない。