どうしてだかこの人は何でもできるスタイリッシュなスーパーマンだと思っていた。恐らくその観念は彼が帰国子女でありテニス部に現れた天才少年だという噂をちょくちょく耳にしていたせいであるのは間違いないのだけど実際彼が英語をびっくり仰天するほど流暢に話すのを聞いたことないしいかに上手にテニスをするのかも見たことがないのに今気付いた。この人はあんまり多くを語らないクールな人だからかわたしが見てしまったそれをわたしが見たとも気付かず、誰かと共有するべきネタなはずなのにそれもしないでさっさと折って机に仕舞った。クールを極めていらっしゃる。わたしも隣で同じ物を半分に折る。A4用紙を半分に折るとA5になることは以前友達の小話として小耳に挟んだ。


「越前くんて国語できないんだ」
「…なんで」
「ごじゅうなな?」
「見たの」
「うん」


越前くんの国語のテストは今や見えない机の中だ。「失礼だね」そう言われたけどたまたま見てしまっただけだからわたしに非はないと思う。「ごめん」だからあんまり心を込めず返しておいた。越前くんもあんまり責めたように言ってこなかった気がするから。それは正しかったようで、越前くんはちらりと机に向けて目を伏せただけでそれ以上は言ってこない。「意外だ」これは越前くんの国語が苦手だという事実に対してである。


「勉強何でもできると思ってた」
「帰国子女だから国語できないのはしょうがないとか思わないの」
「自分で言っちゃ駄目でしょ越前くん」
「よく言われるから言っただけなんだけど」
「よく言われるんだ」
「二回くらい」
「よくの範囲?」
「さあ」


越前くんは多分わたしと話すのあんまり快く思ってないんじゃないかと思う。発言がすごく雑だ。雑なのがもしかしたら彼のスタンスなのかもしれないけどここでわたしがハンバーグの話に突然変えても頓着しなそうである。ていうかシカトされそうだ。
これまであんまり越前くんと話す機会がなかった。初めての会話ではないけれど、これを逃す手はないのだと思う。べつに話したかったわけでもないけど。いやスタイリッシュなスーパーマンだからわたしは今まで敬遠していたのだ。それだけだから話せるものなら話してみたかったと表現しても間違ってないのかもしれない。


「ねえハンバーグなんだけどさ」
「は?」
「……ごめん何でもなかった」
「意味わかんないんだけど」


しかしよく考えたらハンバーグについて言いたいこともなかった。まだコロッケについての方が話題膨らむよね中身何すき?とかね。でもまたお惣菜の話振ってもねえ、おまえは主婦かって突っ込まれてしまうだろうよ、越前くんがおまえは主婦かって言ったら面白いけど。こういうときはやはり無難に勉強の話をするべきだった。慣れない人と話すのは話題に気を使うから疲れる。


「ところで越前くん英語はできるの?」
「できるんじゃない」
「何点だった?」
「100」
「ああ」
「あんたは?」
「ええやだ100点の人に教えるとか。70だけど」
「ああ」
「聞いといてそのリアクション」
「あんたと同じ反応したんだけど」
「ああ」
「ほら」


やっぱりスタンスとかでなく越前くんはわたしをコケか何かだと認識しているのではないか。目つきが完全に道端の何かを見る目だ。おかしいなあわたし越前くんにそんな扱い受けるようなことしてないのだけど。変な噂か何かが流れて越前くんの耳に入ったのだろうか、でなければ一体何が彼をそうさせているのだろう。


「わたし越前くんに何かしたっけかな」
「べつに」
「その扱い何?割と初会話に近いよね」
「馬鹿っぽいよねあんた」
「越前くん人を見た目で判断するタイプ?」
「自分の見た目馬鹿に見えると思ってたんだ」
「……アイキャントスピークインジャパニーズ」
「インいらないよ」
「墓穴掘った」
「黙ってた方がいいんじゃない」
「……」
「ていうかあんたこそ見せてよ」
「何が?」
「国語のテスト」


ああ。気付けば何度も折り目を付けた上に四回ほど畳んでしまった解答用紙を広げる。A4を四回折るとA8になるのかなあ。それにしてもわたしは越前くんをスタイリッシュなスーパーマンだと敬遠してたっていうのに越前くんはわたしをコケの生えた馬鹿だと蔑視していたとは思いも寄らなかったよ。割に合わなすぎて心が痛む。「はい」広げ終わって渡すとそれすら顔をしかめて受け取る越前くんにはやはりどこにもスーパーマンの要素は無かった。


「同じじゃん」
「同じじゃないなんて言ってないけど」
「そーだね」


越前くんは返す前の動作でそれを四回折る。なんでそこで律儀になるのと質問でもしたならばまた馬鹿とか言われそうだとわかっているけどわたしの口は動くのである。