「つに点々ですよ」


見上げてみれば当たり前だけど本日の日直の相方がいた。さっきまで分担した仕事のうち黒板を消す作業をしていた彼はこれまた当たり前だけどチョークにまみれた黒板消しを持ってその部分をわたしに見せていた。見せてるつもりはないかもしれないただ黒板消しの安全な持ち方というのはどうにもこのように緑の面を上に向けるものらしい。それをじっと眺めてから相方に視線を向けると彼はわたしが書いていた日誌の問題にしたい部分を細長い指でトントンと叩いた。そちらを見ればさっきの意味不明な彼の言葉にも合点がいく。


「そうなの?」
「はい」
「…みづきはじめ」
「…はい」


みづきくんはみづきはじめと言うらしい。同じクラスになってもう一年経つけど初めて知った。今までみずきはじめという名前で何の疑いもなく認識していたおかげで初めてのみづきくんとの日直で恥をかくことになった。でも実はあんまり恥だと思ってない。だって呼ぶ分には間違ってないから。


「じゃあ漢字は?」
「観察の観に月です」
「漢字はあってた」
「どうして間違えたんですか」
「…そうだねよく考えたらおかしいね」


観月と書くのがめんどくさくて、というか観という漢字が怪しかったから平仮名で苗字を書いたら観月くんの名前の漢字も怪しくてはじめも平仮名で書いたらすごい間抜けな名前になってしまった。[日直: みずきはじめ]このずの字を訂正しなくては。


「ちなみにはじめはどういう字?」
「そのままで結構ですよ」
「え?」
「…漢字が難しいので」
「あ、そうなの?じゃあいいや」


最初ジッチャンの名にかけて!の方かと思ったけどそっちですらないらしい。よかった知ったかしないで。
わたしが消しゴムでみずきの字を消しはじめると(はじめだけに)観月くんは黒板の方へ戻っていった。あとは生徒所感を書いたらわたしの仕事は終わりだ。わたしより背が高いという理由だけで世間の男子よりは低いだろう観月くんに黒板消すのを押し付けてしまって少し申し訳ないと思ったけどなんとか一番上まで届いているようなのでよかった。にしても潔癖症のにおいがする観月くんが黒板消すとか似合わなすぎる。
[日直: 観月はじめ]これで漢字はあってるだろうか。シャーペンを置いてぼけーと観月くんを見ていると消し終わった彼はわたしに向いた。後ろ向いててもわかるほど熱い視線を観月くんに送ったつもりはないのだけども。


「書き終わりました?」
「うん」
「では先帰ってもいいですよ」
「あ、いや、待ってる」
「そうですか」


でも先に筆箱だけは片さしてもらう。それから何となく手持ち無沙汰になったのでぱらぱら学級日誌をめくってみた。ここまで女子で味気ない文面はわたしくらいなんじゃないかと思ったけどどの女子もこんなもんだった。稀にピカチュウとか書いてる子もいるけどていうか女子ってみんな字綺麗か可愛いかどっちかだよなんだこれ。いっそわたしが書いたのは観月くんだと思ってくれないかな、あ、駄目だこの人字上手そう。
観月くんが書いた日無いかな、と今度は目的を持ってぱらぱらめくっていくとそれは案外早く見つかった。日直の欄に観月くんと女子の名前が違う字体で書かれてて他の欄は観月くんが書いたと思われる字で埋められていた。生徒所感に「今日の国語は面白かった」と白々しく書いてあって面白かった。それからまた日直の欄を見てみると丸字の女子の名前と並んで流れるような字体で観月はじめと


「……」
「すみませんお待たせして。…さん?」
「観月くん」
「はい」
「自分でも書きたくないくらいあなたの名前は難しいの」


さっきと同じ位置まで来た観月くんを見上げたら彼はぽかんと鳴りそうなくらいぽかんとしていた。それから吹き出した。つまりわたしが今考えたことは正しかったようだ。


「騙したな」
「ばれましたか」
「ばれるわ」
「思ったより頭いいんですね」
「失礼な」


日誌でばれてしまうとは、とか笑ってるけどそれは多分観月くんの名前を知るために日誌を活用するとはさん思ったより頭いいんですねという意味だろうけど実はただ君の字が見たかっただけだということを言ったら折角彼の中で上がったわたしの株が元に戻りそうだから言わないでおく。開いていたページを最初に戻してそこに書かれた正しい名前をなぞる。観月はじめ。


「可愛い名前なんだね」
「そうですか?」
「男で平仮名って珍しい」
「確かに」


それから小さく笑って、では帰りましょうかと言った観月くんに頷いた。可愛い名前だけど紳士みたいな人だなあ。