「ぐはあ!」
「なに汚い声出してるの」
「足つったあああ」


「へえ、どんまい」何だその薄いリアクション!可愛い部下が足つって悶えてるっていうのに!「くそっ……血も涙もないってか!」「血も涙もあるけど君にかける情けはないね」「うざああああ」この美形冷血漢め、いつかおまえも足つって死ね!心の中で恨み言を垂れながら左足の裏へと手を伸ばす。おお可哀想なおみ足よ、と労わりながら揉むと次第に痛みが緩和されていく。やはり痛みに効くのは優しさよ。はあ、だんだん楽になってきた。


「ていうか君、なんで裸足なのさ」
「やあ非番なんだからいいじゃん」
「よくない。足袋ぐらい履け。美しくない」


 はい出ました。出ました弓親の十八番。わたしその台詞、耳にタコができるくらい聞かされてるよ。正しくは聞かされてるんじゃなくて、言われてるんだけど。腹立つなあー!


「いたっ!何すんだ馬鹿!」


 細い太股を蹴ったら予想通りのリアクションが返ってくる。「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですう」口を尖らせると彼の額に青筋が浮き上がったのが見えた。


「ほんと、君、僕が上官ってわかってる?ねえ」
「わかってますう」
「わかってるなら足向けて寝転がん、な!」
「いっっっつあ…?!」


 最悪だ!信じられない!可愛くてか弱い大事な部下の足殴った?!グーで!痛いんですけど!


「痛いありえない痛い」
「なに?自業自得って言った?」
「言ってない!しかもグーとか!」
「何回パーで叩いてあげたと思ってんのいい加減にしないと斬るよ」


 わたしに目もくれず読書を再開させた弓親は遠慮なしにぼこぼこと言葉を投げてくる。負けじとソファに寝転がったままフンと鼻を鳴らし、寝返りを打って背もたれと向き合う体勢になる。もともと三人掛けのソファに横になっているものだから、弓親はさぞ狭い思いをしていることだろう。心中お察し申しあげます、起き上がる気はないでございますが。


「あーあー、隊長に言いつけてやる。足殴るわ暴言吐くわ。心に深い傷を負いましたーって」
「あーごめーん僕かなら更木隊長絶対僕に味方してくれるわーほんとごめーん」
「うざい〜……ふああ」


 弓親と言い合ってたらあくびが出た。きっと眠いんだ。先程も言ったとおり今日は非番なんだから、昼寝をしたって文句を言われる筋合いはないだろう。非番が仕事をしなくて何が悪い。足を畳み弓親に少しも触れなくなるまで小さく縮こまると、本を閉じる音が微かに聞こえた。


「寝るなら部屋帰りなよ」
「ここで寝る」
「ほんと美しくないよね君」


 はあと大きな溜め息とともにソファが浮く。弓親が立ち上がったのだ。どうやら彼の休憩は終わったらしく、けれど席には戻らずに執務室を出て行ったようだった。
 静かになった空間で、目を閉じたけれど案外寝付けなかった。それでもおとなしく瞑っていると、三分ほどで彼が帰ってきたのが足音でわかった。ぱちりと開いて上体を起こす。首を回して弓親を探すと、こちらに歩いてきていた彼はちょっと驚いたみたいに目を瞠っていた。


「寝ないの?」
「ね、寝るけど」
「そう」


「じゃあ貸してあげる」渡されたのは毛布だった。差し出されたそれを、受け取る。弓親、もしかして取りに行ってくれたのか。


って執務室すきだよね」


 どこか見下したようにのたまう弓親を、丸くした目のまま見上げる。この人はわかっていない。わたしが何をすいてここに居座っているのか。フンと鼻を鳴らすと、「なに」と小馬鹿にする声で言う。教えてやるつもりはまだないよ。