一角さんが十一番隊のみんなにとどら焼きを山盛り買ってきてくださった。それは執務室のテーブルにずどんと置かれたけれど、きっと今日中にでも副隊長の胃にすっぽり収まってしまうことだろう。テーブルに駆け寄ってきた彼女が可愛いお花の笑顔でもぐもぐ頬張る姿を想像して、十分ありえる、と頷く。
 それにしても、一体どうしてこんな大量に。聞くと、「そこで大安売りしてたから」とあくまで簡潔な返答をいただく。一角さんは甘いものをそこまで好むお人じゃないはずなので、やっぱり、みなさんを想って買ってきてくださったのだろう。ありがたさにしみじみとどら焼きの山を見つめる。
「おまえもすきに食っていいぞ」言うなり、一角さんは鬼灯丸を担いで執務室を出て行った。早速頬張ると思われた副隊長も、一つをもらってすぐ、隊長が出て行くのについて行ってしまった。執務室に一人ぽつんと取り残されるわたし。みなさん色々と用事があるようで、暇人は三時のおやつにどら焼きを孤独に頬張る宿命らしい。寂しい。おいしい。


「うわ、何これ」


 聞こえた声に振り向くと、弓親さんが外から帰ってきていた。彼らと入れ替わるように戻ってきた彼は、そこはかとなく引いた様子で執務室の休憩場所であるこちらへと歩み寄る。口の中のものを飲み込んで、積まれたどら焼きを風呂敷ごと軽く弓親さんへ差し出す。


「一角さんが買ってこられたんです。みなさんでどうぞと」
「なんでどら焼きだけこんなに買ってくるのさ」
「安かったらしいですよ」
「ふうん」


 それだけでもう経緯への興味をなくしたようで、彼はどら焼きの山から一つを取った。細長い指を伸ばして掴む、何でもない動作が、とても綺麗で魅入ってしまう。思わずぽかんと口を開けていた。いやはや、これを優美というのでしょう。見習いたいものだ。
 弓親さんはそれを口へ持って行き、囓ると同時にソファに座った。弓親さんの体重の分深く沈んでようやくハッと我に返る。弓親さんが、わたしの隣に座った!わあ緊張する!


「お、おいしいですよね」
「うん、おいしいね」


 二人並んでもぐもぐ食べる。おいしい。安売りが嘘なんじゃないかってくらいおいしい。もともとわたしは甘いものがすきで、特にあんこが大好きなので、おはぎやどら焼きは大好物だ。一角さんほんとうにありがとうございます。今度お礼を兼ねていいお酒を買ってこよう。


「弓親さんはどら焼きすきですか?」
「すきでも嫌いでもないよ」
「え、意外です。甘いのすきそうでした」
「すきだよ。でもどら焼きが特別すきってわけでもないかな」
「へえ」
「でもこれはおいしいね」
「ですね」


 つい頬を緩めると、弓親さんもふっと笑った。それがとてもとても綺麗で、間近で、しかも独り占めしているのだと思うと天にも昇る気持ちだった。弓親さんって本当に綺麗だなあ。どら焼きを食べる姿も、ひとつひとつ綺麗だし。今わたしと同じものを食べているとは思えないよ。真似できるものならしてみたい。


「何か顔についてる?」
「へっ」


 しまった、ガン見しすぎた!見てるのばれてしまった。反射的に手をぶんぶん振って否定すると、だよね、と前を向く弓親さん。わたしも倣って前を向いたけれど、やっぱり隣の彼が気になって横目で盗み見てしまう。どこか憂いを帯びているような雰囲気を醸す弓親さんの、伏せられた目に吸い寄せられる。横顔、綺麗だなあ。


「君、頭悪いよね」
「……、え?」


 たった今どら焼きを食べ終えたわたしは、弓親さんが持っている半分くらい残ったそれを見た。つまり、彼の視線から逃げたのだ。弓親さんがこちらを向いた瞬間どら焼きへ逃げた。自然と身体がぎこちなくなって、思ったように動かせなくなる。
 弓親さんに怒られたことは記憶にない。弓親さんの前では特に気を張って、粗相など犯さないよう努めていたものだから、まさか、今からがっかりされるのだと知らされても、心の準備ができない。「ど……」一瞬彼を見て、すぐ、自分の足元を見下ろす。


「どの辺りがでしょうか……」
「うん、君はきっと無意識にやっているだろうから教えてあげる。誰彼構わずやられるのは僕が気に食わないからね」
「は、はい」


 まだ問題点はわからないけれど、なるたけ態度に出さないよううかがう。弓親さんは、まぶたを半分下ろしたまま顔をこちらに向けると、小馬鹿にするように、ふっと小さく笑った。


「君、人を盗み見るの下手すぎ」


「えっ……」かーっと、体温が急上昇するのがわかる。血が一斉に顔に集まっていく感覚。ば、ばれてた。咄嗟に床にまで視線を落として逃れようとするも、許さないとでもいうかのように彼の左手が伸びてくるのが視界の隅で見えた。すぐに、五本の指がわたしの頬に触れる。どくり、心臓が震えた。ど、どうしよう、どうしてわたし、美形の弓親さんに頬、「いたたたた痛い痛い!」抓られてるんだ?!


「いつもそうやって色んな人をガン見しているのかい?」


 音をあげたらあっさり解放された、と思ったらそんな質問を投げかけられる。完全に不審者に対する言い草だ。憧れの弓親さんに、そんな風に思われるのは心外でならなかった。そんな、誰彼構わず観察する人じゃないよ。精一杯の否定を込め、弓親さんを見上げる。


「い、今のところ、弓親さんしか対象じゃないです……」


 なんとか言葉にすると、弓親さんは「そう、ならいいけど」と満足げに微笑んだ。予想外に前向きな返答に簡単に嬉しくなってしまって、真似するみたいに、へへ、と肩をすくめる。美人な弓親さんの笑顔は、彼を満足させる人になりたいと思わせる力がある。きっと誰もが思う。弓親さんのこういう笑顔をずっと見ていたい。