そこはあまりにも真っ暗で、入り慣れたサイの部屋だと認めるのに戸惑ったわたしは少しだけたじろいだ。鋭いサイはわたしの怯えを気配でわかったのだろう、多分顔をこちらに向けてにこりと、笑った。本で読んで習得したと言っていたその笑顔がはっきりとわたしの目に映ったわけじゃないけど、なんとなく見えた気がした。でもそれは普段任務を共にしてるとき度々見るのと何ら変わりがないところから、きっとわたしが記憶から引きずりだしたサイの作り笑いでしかないのだろうと思った。思って切なくなった。彼は本当の笑顔を見せなくなったのだ。わたしはその理由を知っている。
暗所にだんだん慣れてきた目はじわじわとサイの像を結んでいく。なんとなく目を伏せた。あの人が死んでからわたしとサイが会うのはこれが初めてだった。わたしが休みのサイを押し掛けて、この状況。部屋に入ってからまだ一歩も動けないわたしを嘲笑ってるのか、空気が揺れた。サイが笑ったのだ。


「怖いんだ」


首を振る。「違うよ」もうサイの顔がかなりはっきり見える。同い年なのに背丈が大分違う彼がそこにはいた。


「怖くない。怖いのは、サイでしょ」
「僕?」


変なことを言いますね、さん。僕には感情がないんですよ、怖いなんて、思いたくても思えない。…サイは相変わらずの作り笑いだった。ああそうだね、でも、ほんとに、なんか怖がってるように見えるから。…何に?わからないけど、わからないけど、あ、サイ、わかった。わたしやっぱり怖いのかもしれない。
サイに切り捨てられるのが、怖いのかもしれない。


さん、どうしてここに来たんですか?」
「あ、のね」
さん」


サイの言葉を遮らなければと、脳がいち早く気付いた。でもわたしはそれができなかった。声がつかえる。サイは依然、作り笑顔を絶やさない。


「君を見てると兄さんを思い出す。思い出して、僕が駄目になる」


わたしはあの人と小さい頃から一緒だった。シン、あ、やっぱり、駄目なんだ。死んで、それで、わたしとサイだけになって、そのままでいられるわけないのか。ちょっと前はシンとサイとわたしで、一緒にいたのに、仲良くしてたのに、やっぱ、駄目だ。わたしたちの中心にいたシンが欠落したら、もうわたしたち、一緒にいたら辛いだけになってしまう。サイはそれを言っている。わたしたちは一緒にはいれない。それでも思い出だけ、で、いいから、わたしは大切にしたい。背を向けたサイを呼び止める。


「あ…サイ、わたし」
「僕が言いたいことはそれだけだ」


そうして彼は振り返り、わたしを更なる奈落の底へと突き落とすのだ。


「僕は」