怪しさと朧げ、あなたの正体に近づくたび、わたしは無性に泣きたくなる。こちらを見る口角が上がっている、それを笑顔と認識するたび、愚かな女だと自分を見下してしまう。でも一生、馬鹿馬鹿しくはならない。心からの忠誠を誓うわたしに、サソリさんは時折、早くいなくなってほしそうな眼差しを向けるけれど、果たして彼の感情が表情に現れる仕組みになっているのか、わたしは人間のまま、理解することはできないのだろう。サソリさんの口から紡がれる言葉がすべて真実だなんて信じるほど、惨めな生き物ではないので。

 サソリさんに任務の連れとして選んでもらえると舞い上がってしまう。うきうきで支度をして、衣服と、忍具と、口寄せの巻物とか携帯食糧とか、捜索でも暗殺でも対応できるようリュックに詰めていく。最近、拠点を移す間際に近くの城下町で買ったリュック。背中が隠れるほど大きく、軽くて、きっと大いに役立つことだろうと想像ができた。でもまさか買って七日も経たずに出番が来るなんて、おまえもついてるねえ、と上のほうを撫でてあげる。ついでに、ぎゅうと抱きしめる。抱きしめがいのある厚みがある。上手に詰めたから自立している。まるでわたしみたい、なんて冗談が浮かんで、さすがにおかしかった。
 背負ってアジトの入り口へ向かう途中、デイダラくんに会った。デイダラくんはサソリさんのツーマンセルの新しい相方だ。今日は別件の単独任務を受けているため、明日合流するらしい。サソリさんから聞いた。デイダラくんとはあまりしゃべらないので仲は良くない。彼は初対面のうちにわたしを格下だと判断したらしく、何をしても許されると思っているのか、ときどき取り繕うことなく人道的にぎりぎりなことをしてくる。ぎりぎりセーフなのか、アウトなのかは、日による。


「旅にでも出るのかい?」
「お二人との任務ですよ」
「ふーん。お荷物がさらに荷物抱えちゃどうしようもねえな……うん」
「備えあれば何とかってやつです」
「そうかい、そうかい」


 デイダラくんは至極興味なさげにしっしっと手で追い払った。思うことがないわけじゃなかったけれど、おとなしく、行ってきます、またあとで、と軽く会釈をして背を向ける。
 途端、背中を蹴飛ばされた。リュック越しの重めの衝撃に抵抗できず、前へつんのめる。倒れなかっただけ成長だ。三歩ほど前に進んだ先、踏ん張った足でとっさに振り返ると、さっきと変わらない場所で、デイダラくんが楽しくもつまらなくもなさそうにこちらを見ていた。大きな真っ青の右目だ。わたしはデイダラくんのことをすきでも嫌いでもないけれど、嫌いになりきれない理由の一つに瞳があると思う。


「おまえが任務って言うたび、これっきりになるって思ってるけどよ」
「はい」
「毎度帰ってくるよな。なんだかんだ」
「はい、おかげさまで」
「オイラがおまえを助けてやったことなんか一度もねえだろ……うん」


 少し不機嫌そうに顔をしかめる。そうだったろうか、と思い返して、たしかにそうだと納得する。サソリさんとデイダラくんの任務に同行するとき、デイダラくんにはいつも「これっきり」という目で見られていたと思う。惜しまれてはいない。強く排斥したいとも思われてない。単に、そうなると予感されているだけだった。無言で頷くと、はあ、と大きくため息をつかれる。


「オイラはこれっきりでもいいんだけどよ。何やってんだか……うん」


 デイダラくんとこんなに実のある会話をするのは初対面以来なので、少し浮き足立ってしまう。今ならもっと深い話ができるんじゃないかと思ったけれど、いかんせんサソリさんとの集合時間が迫っている。人を待つのも待たせるのも嫌いだと聞いたことがあるので、知っている部下のわたしが反することはできない。あるいは、サソリさんにとってかけがえのない人ならばそれも許されるのかもしれないけれど、そんな人間が存在するのか、少なくともわたしは知らない。
 後ろ髪を引かれつつ、デイダラくんと別れた。彼の言ったことには同意で、彼とはいつこれっきりになってもいい。わたしにとって大事なことではなく、デイダラくんにとっても同じだろう。それでも話ができたのは嬉しかった。きっとデイダラくん、思いついたけれど言わなかった台詞があっただろう。もう少しわたしに心を開いていたのなら、「おまえの存在が憂いだろ」なんて軽口も言ってくれていたかもしれない。

 新しいアジトの南に広がる森と任務地である里の境界点でわたしとサソリさんは落ち合った。時間ほとんどぴったりに着いたら、サソリさんはもう来ていた。夕暮れ時、木の影に隠れて里の人々には到底見つからないような場所に潜む彼を見つけた瞬間はひやっとしたけれど、それより前にわたしに気付いていたサソリさんが嗜めることはなかった。里に潜入する情報収集が任務らしく、ヒルコをしまい人の形でいる彼は、唐笠を被り顔に深い影をつくっていた。
 その瞳が、わたしの頭の天辺から足の爪先までをなぞる。びりびりと甘い刺激を一人錯覚しているうちに品定めは終わったらしく、サソリさんはふっと、人を馬鹿にする笑顔を浮かべた。ほんの一瞬でも、目を奪われ、途方もない気持ちになってしまう。サソリさんには、忍術とはべつに不可思議な力があって、相手を意のままにできる、されてもいいと思わせるのだと、想像する。だってこんな風に、幸福と一緒に身体の内側から焼かれる気持ちになるのがわたしだけだなんて到底思えない。


「これから山籠りするみたいだな」
「はい。でも、サソリさん、備えあれば憂いなしです」


 サソリさんは伏せがちな目をゆっくりと開いた。冗談を言った口角は上がったまま、口内が見える。夕刻の森の中だ、どこからどう見ても生身の人間がいる。目の前の崇高な存在がまさか、人の体ではないだなんて、誰が信じるだろう。


「おまえの存在が憂いだろ」


 そう言った、サソリさんが少し愉しそうなものだから、つい肩の力が抜けて、笑ってしまった。すぐ、しまったと思い、居た堪れなくなって、リュックのヒモを掴んだり背負い直したりする。口の中に広がっていく幸福を噛み締め、じわりと浮かんだ涙を必死で誤魔化す。サソリさんに従う立場として、張り切って役に立たなければならない立場として、反省しなければいけないのに、すっかり嬉しさで満たされてしまって、悪い部下だ。


「まあいい。いつでも見捨てるからな」


 ふんと鼻で笑う、サソリさんへはっきり頷く。もしかしたらデイダラくんは、これっきりになるはずのわたしが毎回帰ってくることを、サソリさんがわたしを助けているからだと思っているのかもしれない。デイダラくん、相方として近くにいるくせに、そんな推測をするなんて、ちゃんちゃらおかしい人だ。
 現実はまるで違う、当たらないし近くもない。サソリさんはいつも、一つの後悔もなさそうな眼差しでわたしを見つめる。人の形をしている儚い命が、離別はいつでも構わないと言っている。わたしはサソリさんの正体に近づくたび泣きたくなる。


「デイダラくんには、旅に出るのかって聞かれました」
「いよいよ暁を抜けたくなったとでも思われたか。その大荷物じゃわからなくもないが」
「旅に出ても、山籠りしても、サソリさんの元に必ず帰りますよ!なので、アジトの場所が変わったら、わかるようにしておいていただけると助かります」
「なるほど、そういう見捨て方もあるのか」


 嘲笑うように目を細める。わたしが見捨てられるより、あなたの存在が掻き消えることのほうが恐ろしいと感じる。あなたとこれっきりになるときはあなたの意志でちゃんとわたしを切ってください。こんなことを考えるのがこの世でわたしだけなんてはずがない。やっぱり愚かだ。執心してくれないサソリさんの、本心かもわからない言葉に涙する。すべてが虚言でも馬鹿馬鹿しく思えないのがさらに救えない。死ぬときはサソリさんの一部を食べて死にたい。