おまえさえいなければと言われたら、わたしきっと喜んでしまう。そのときサソリさんは間違いなくわたしを恨んでいるのでしょう。端正なお顔は歪み、強い感情を向けている。氷のように冷たいのに気性は穏やかとは言えないお方だから、ひと思いに手にかけられてしまうかも。サソリさんは絶対、わたしにそんなことしてくれないから、夢みたい。殺されたいわけじゃあないのに、わたしは、わあっと喜ぶ。サソリさんが苦い顔をする。見たことないサソリさん、見てみたい。
 そんな夢を見たのです。

 今日の夜から朝にかけて脳が見せた幻を滔々と語るのを、サソリさんは毒草をすり潰しながら耳を傾けていた。いいえ傾けていたかは定かじゃない、相槌一つくれやしなかった。「どう思います?」聞いても無反応。変なことを言ったかしらと思い返して、そりゃあ変だと自問自答が完成する。わたしの夢にあなたが出てきましたよと言うお話。世間のことじゃないから世間話でもないし、与太話でもないし、身の上話も違う。じゃあ雑談だ。でもサソリさんからの反応がないから、雑談とも言えないかもしれない。
 わたしは途端に恥ずかしくなって、むずむずと、ここにいるのが大変場違いなことに思えて、取り急ぎ、ここにいていいよと言ってもらいたくて、いても立ってもいられなくなった。「サソリさん」お名前をお呼びしても一向に振り向いてくれない。パリパリと、乾燥した草花がすり潰され、次第にごりごりと乳鉢と乳棒ばかりがぶつかる音が聞こえてくる。それを別の器に移し替えたと思ったら、続いて脇に置いてあった包み紙を開く。また別の毒草が出てくる。ブツブツの特徴的な葉をした、雑草とも思える草だ。あっ、と気付いて、声に出す。


「それ、前も見つけましたよ」


 サソリさんはまず、首をほんの少しこちらに向けて、横目でわたしを見た。斜め後ろから見える前髪は長くて、口元だってずっと暁の外套に隠れているから、あんまり生気を感じない。ひとりでに動くお人形さんだと言われても大いに納得できる。事実、そういうことらしいのだけど。
 今サソリさんの手の中にある毒草はわたしが頼まれて摘み取ってきて差し上げたものなので、サソリさんも反応を示さざるを得なかったのだろう。彼曰く希少な毒草で、乾燥地帯の風の国では滅多にお目にかかれない代物なんだそうだ。いくつもの草花の名前が書かれた採取リストに、意地悪として最後に追加されたそれを、わたしは五日かけてなんとか見つけることができた。サソリさんは、体力もチャクラも底をつきへとへとになって倒れ込んだわたしに、「案外早かったな」と箱の中身を改めるだけで、労いの言葉一つなかった。

 サソリさんの元で悪事を働くようになって、わたしも毒や薬になる草花の区別がつくようになった。見よう見まねで薬を煎じてみるも、サソリさんが興味を示してくれることはなく、その理由が、毒も薬も効かないお身体だからと知ったのはつい最近のことだった。

 また取ってきましょうか、と聞く。サソリさんは、まだいいと答える。風の国では希少な毒草が、湿地帯ではそう珍しいものではないと、もう知ってしまったようだ。


「サソリさん、さっきのわたしの話聞いてましたか?」
「聞こえた。興味は一欠片も湧かなかったが」
「だから無視したんですね」
「反応がほしいなら相応の話題を提供するんだな」


 頬に筋肉がない人みたいに、ずっとつまらなさそうな顔をしている。人形だから仕方ないのかもしれない、わけがない。だってあなたの気性が穏やかでないことや、自信家であること、知っていますもの。
 サソリさん、さて何になら、対等じゃないわたしの話に興味を示してくれるのだろう。あなたに合わせた薬の話も生返事一つで終わらせたくせに。


「夢の話なんざ、特にくだらねえ」


 振り向くサソリさんが、格下をにやりと嘲笑う。ほら笑った。わたしがほんのり嬉しさを顔に出す前に、瞬き一つで元に戻ってしまったけれど。
 サソリさんのご意見が、自分が夢を見ないことに起因しているのだとようやく気がついた。なるほど、と納得する。後悔とまではいかなくとも、考えたらわかることだったなと思う。それより、話すこと何でもサソリさんが興味を示してくれると未だに思っていた、自分の能天気さが、二、三周回って大物なんじゃないかと感心していた。おかしいことに、サソリさんに労いの言葉一つかけてもらえなくたって、調合した薬に関心を示してもらえなくたって、今だってべつに、ちっとも傷ついてやしなくて、なぜかと問われたら、ちょっと気取った風に、部下なのでとか答えてみる。まったく格好はつきませんが。


「おまえはただの手足に過ぎないと、まだ自覚してねえ」


 サソリさんは依然、表情のない眼差しだけでわたしを見下していた。突拍子ないことを言われ思わず目を丸くする。どういうことですかと聞こうか迷って、いるうちに、サソリさんが続ける。


「おまえの存在に何の不利益がある。それほどの影響力が自分にあると思ったら大間違いだぜ」


 サソリさんは、おしゃべりなときと無口なときがあるけれど、どちらのときでも言葉足らずだ。今も、少し考えてやっと、「おまえさえいなければ」のことを話しているのだと気付けた。
 やっぱり、言われたら喜んでしまうな。サソリさんの意識に干渉してるのだと思えてしまう。それはないと、たった今ご本人に否定されたばかりだけれど。


「よっぽど人形のようだな」


 誰より、とは言わない。人形のサソリさんにそう言われることは、光栄なのか惨めなのか、よくわからない。わたしは一つも自分を改造していませんのに。
 そんなことより、結果としてサソリさんが夢の話に付き合ってくれたことに、十分満足してしまっていた。いても不利益がないのなら、いなくなったらあるのかな。ちょっと、困ってほしい。涙は流せないから、ふとしたときに不便を感じて、ああ、と思ってほしい。サソリさん、わたしよりよっぽど人間のようなので。