『またポイント減ってないか?』


 内部通話で聞こえた声に、無意識に手元のパネルへ目を落としていた。村上くんが言ったのは個人ランク戦のブースで対戦相手を選ぶ際見える保持ポイントのことで、隣のブースに入った彼は今まさにこれを見たのだろう。正隊員になってからしばらく経った人間にしては低い[孤月4326P]で驚かせてしまったらしく、村上くんの声はほんの少しの動揺をはらんでいた。彼が孤月で一万ポイントを優に超えていることとは別に、一昨日までわたしが4600くらい持っていたの知ってるからこその動揺だ。もちろん、自分のことなので身に覚えはあるし、こうなってしまったのには明確な理由がある。


「影浦くんにカツアゲされたんだよ!」


 簡潔に述べると、村上くんは『ああ…』と納得の色を示した。
 影浦くんと村上くんは数多くいるアタッカーの中でも上級者のツワモノだ。同じポジションであるわたしはクラスメイトの特権をフルに生かし、タイミングを見計らっては二人を捕まえて個人ランク戦のお相手をしてもらっていた。影浦くんも村上くんも尋常じゃないくらい強いので、十本勝負をしても余裕の10−0で負けるのだけど、圧倒的なポイント差があるので惨敗しても大してポイントを取られずに済むのがいい。実はわたしはときどき一方的に殺されたい気分になるときがあるので、二人の強さと保持ポイントはとても魅力的だった。
 他の人との模擬戦でポイントを稼いでは村上くんと影浦くんにコテンパンにしてもらうというストレスフリーな日々を謳歌していると、なんと最近、影浦くんが一万ポイントも減点をくらいやがる事件が発生した。わたしのポイントとどんぐり状態になったと聞いたときは戦慄した。こりゃー当分影浦くんには頼めないな、と思っていた矢先の昨日、出会い頭に個人ブースに突っ込まれ、半ば強制的に模擬戦の相手をさせられたのだ。虫の居所が悪かったのか、普段ポイントなんて増えようが減ろうが気にしないくせに、いいサンドバッグだと言わんばかりに十本勝負を組まれた。断固抗議するわたしの意見は影浦くんの箸にも棒にもかからず、むしろ「いつもおまえの都合で相手してやってんだろ」と凄まれてはぐうの音も出ず、彼の気が済むまで何十回と殺され、泣く泣くポイントをごっそり持ってかれたというわけである。


「勝負自体は楽しかったんだけど、やっぱりポイントが痛いから早くマスタークラスに戻ってよって言ったら蹴られたよ!」
『なんだか目に浮かぶな』


 記憶の中の影浦くんの剣幕とは対照的に、村上くんは和やかに笑う。あーあ、ほんとに影浦くん、一瞬にして一万ポイント増えないかな。点差がないといつまで経っても勝負を頼めないよ。村上くんだって、鈴鳴支部所属だからいつでもこっちにいるわけじゃない。わたしには二人しかいないから、片方に頼めなくなると自動的にもう一人への負担が増えてしまうのだ。まるで歯ごたえのない相手に時間を費やしてもらってるようなものだからさすがに申し訳ない。

 なんだかこのまま雑談に付き合ってもらえそうなので、パネルから一旦離れベッドに腰掛けた。隣の村上くんも座ってるといいのだけど。


『でも、そこまでしてオレやカゲにこだわらなくても、他の奴に頼めばランク戦くらいやってくれるだろう』
「やだ!二人がいいんだよ」


 これに関しては力説できる。わたしが二人にこだわる理由。もちろん近しいクラスメイトであることと、圧倒的なポイント差は勝負を申し込むにあたって重要である。しかしそれに加えて、二人の戦い方が、わたしは特別すきなのだ。
 影浦くんのギラギラした目で、狙った獲物は逃さないみたいな(そもそも個人戦なので獲物は一体しかいないのだけど)、どこまでも追いかけてくるのが怖くていい。昨日もだったけど、いじめられてるみたいにスコーピオンで腕や足をザクザク削られて、最終的にとどめを刺される感じがすきだった。こっちの攻撃をことごとく読まれて全然当たらないのも悔しくて楽しい。


「村上くんは、殺せるときに殺しとけって感じで一思いにやってくれるのが、なんかいいんだよなあ」
『オレもの思いきりがいいところ、いいと思ってるよ』
「前まっすぐ突っ込んだら供給器官一突きしたくせに?!」


 思わずツッコむと隣のブースから笑い声が聞こえた気がした。『そんなこともあったな』通話声も心なしか楽しそうで、悪い気になれない。まったくと口だけ怒って、太ももの上に両手で頬杖をつく。


『いや、がすきだってことだよ』
「えっ、なんだよ嬉しいなー…!わたしも村上くんすきだよ!いつも相手してくれてありがとね!」


 あははと笑うと村上くんも朗らかに笑ってくれた。村上くんいい人だ。影浦くんにこんなこと言ったら絶対ボコボコにされるね。トリオン体のときなら、それはそれでいいんだけど。


『最近はちゃんと考えて動くようになったって聞いたよ』
「さすがにわたしも学ぶからね!でも村上くんと影浦くんにはコテンパンにされたいからあんまり考えてないんだー」


 ついぶっちゃけると、村上くんからしばしの沈黙を受け取ってしまった。あ、まずい、ぶっちゃけすぎたかも。せっかく相手してくれてるのに手抜いてると思われた、かも。


「ちゃ、ちゃんとありがたみを感じながら戦ってるよ…!」


 おそるおそる伝える。それでもすぐに返事はなく、いよいよ背筋が凍る。どうしよう、縁切られたらやだな…!今すぐ隣のブースに行って土下座すべきかと思い、立ち上がる。


『オレもカゲみたいにいじめようか?』


 前触れなく聞こえた台詞を頭で理解した瞬間、ドッと心臓が跳ねた。……え、聞き間違い?村上くんの口から信じられない言葉が出たような気がする。聞き返そうにももう一度言わせるのは恥ずかしい気がして、え、あの、としどろもどろな返事になってしまう。村上くんが、いじめようかって、そんなこと言うなんて…!物騒なワードとは裏腹に頬が熱くなる感覚に襲われる。トリオン体だから暑さは感じないはずなのに、なんだかすごく火照ってきた。
 意味はわかる。村上くんはきっと、わたしが影浦くんの殺し方がすきだって言ったから、気を遣ってくれたのだ。でもわかったところで、村上くんが言うとなんだか背徳感すら覚えてしまう。


『そろそろ始めようか。いつも通り十本勝負でいいか?』
「う、うん……あの」
『ん?』


「い、いじめないでね…」一応お願いする。村上くんにまでいじめられてしまったら、いやちょっと甘美ではあるけど、ちょっとやってみてほしいけど、どんな風にしてくれるのか気にはなるけど、でもさすがに「いじめてください」と言うのは人としてやばいと思うので、最低限の体裁を優先することにしたのだ。
 またしばしの沈黙、のち、村上くんが小さく笑った気がした。


『わかった。やさしくする』


 あっ、逆に心臓に悪い。