目が覚めてからふと、脇の窓へ首を向けた。寝転がったままでも南の空を覗けるそこに広がるのはまだ見慣れない城下町と薄暗くて分厚い雲だった。昨日までいい天気だったはずなのに。いいやでも、一日引きこもってたから定かじゃないや。少なくとも朝と夜、ここから同じ景色を覗いたときには、目をこんがり焼く太陽と、どこかへ連れて行ってくれそうな甘美な月が見えたのに。


「今日の天気はパッとしないですね」


何もひとりごとを呟いたのではない。偽物の顔で借りた宿の部屋には同居人がもう一人、いるのだ。同じく変化の術を使い、わたしよりうんと優秀な忍、わたしが従う人。


「天気なんざ関係ねえよ」


その人はわざわざ部屋の暗いほうであぐらをかいて座っていた。ゆっくり起き上がるとひどく美しい眼球と視線が合う。わたしが敷いた布団は窓際の壁にぴっちりくっついているので、わずかな日差しすら届かないところにいる彼を見ると、まるで生きていないみたいで、わたしの脳みそはぼんやりと鈍くなる。赤い雲の外套を身にまとう、綺麗な赤髪の彼。
「でも傀儡は、雨に弱いでしょう」今日は外を出歩いて賞金首の周りを調べる予定だった。この街での滞在情報があったから、サソリさんは暁のリーダーからの指示で赴いたのだ。サソリさんの部下のわたしはそれについてきただけだ。一日中動けるサソリさんにわざわざ宿を取らせ、折角取ったんだからと拠点にし夜な夜な仕込み道具の手入れをする彼と大して離れてない距離で図太く熟睡をした。うるせえから寝れねえかもなと喉で笑われた記憶も霞むほど、すぐ寝付いたと思う。ああそうだ、おやすみなさいって言う前に、明日は街歩いてみるぞって言われたんだ。

人傀儡の構造はよく理解してないけれど、人形なわけで、人の身体じゃないわけだから、人が濡れるのより大変そう。関節とかに雨が染み込んだりするの、よくないんじゃないかな。思って発言をすると、サソリさんはすうっと、撫でるように目を細めた。わずかに吊り上がったはずの片方の口角は、しかし作り物の顔から表情をすっかり隠していた。


「人より脆くてやってられるか」
「脆くても作り直せるから、いいんじゃないんですか?」
「…おまえも言うようになったじゃねえか」


今度はハッと笑ったのがわかる。それに背筋が凍ってしまう。サソリさんが、愉快だから笑ったんじゃないとわかったからだ。「違います、サソリさんは壊れちゃだめなので、直せないとどんなに困るか」慌てて言い直すと、べつに怒ったわけじゃねえ、と、やはり口元は笑っている。でもわたしはわだかまりという言葉を知っているので、サソリさんが今、わたしに対して思うところがあるのだと、わかってしまう。わかるけど、それを解消させる適切な言葉が浮かばないのだ。ああ、もどかしい、な。わたしがサソリさんに対して思うことなんて、あなたにはとうに知れてるというのに。


「気が済んだら早く着替えろ。出るぞ」


サソリさんの声に瞬きする。いつの間にか顔は下を向いていて、立ち上がる衣擦れの音が聞こえた。それを耳にしても動くことができなかった。
サソリさんが壊れてしまうのが怖い。いつの間にか、眼前にはいくつもの破壊された傀儡が横たわっていた。そのうちの一つに、いつか、サソリさんが成り果ててしまうかもしれない。想像の中のわたしはボロボロになった彼を抱き上げて泣いている。それすらまだ綺麗なほうだと思う。実際のところ、もしその現実に直面したら、どうなるだろう。すでに生身の核以外人形で、生きていると表現していいのかわからない彼なのに、だからこそ、彼の破滅を、わたしは心の底から恐れている。「なあ


「俺はときどき、おまえが死んだように眠ってるのが怖いと思うぜ」


顔を上げる。「おまえは寝てるときピクリとも動かねえからな」立ってわたしを見下ろすサソリさんが、目を伏せて自嘲気味にこぼした。それだけでわたしは、肺が空気を取り込んで、苦しいのから解放されるのだ。


「サソリさん、本当に生きてるのねえ」


彼のまつ毛が一度揺れる。首をかしげながら瞳を三日月のように描いて、「知らなかったのかよ」満足げに笑ったのだ。ああ、サソリさん、あなたも。わたしが目覚めないことを想像するのね。それを怖いと、思うのねえ。「ううん、安心したんです」そう言うのならわたしはあなたを愛し続けますよ。あなたを構成するものが限界まで擦り減ろうと、人と人形の境界線を限りなくぼやかしたあなたの生を心から慈しみ祝福しましょう。そうしてわたしは息をする。