幼なじみの俊くんはとても優しい男の子なので、わたしがどんなダメやろうでも見捨てないでくれるのだ。それにわたしはどろっどろに甘えていて、俊くんもでろっでろに甘やかしてくれてしまう。俊くんはわたしが泣き言を言うと絶対励ましてくれるしわたしを肯定してくれるし、本当に泣きだしても絶対慰めてくれる。もうでろっでろに甘いのだ。当事者のわたしから見ると俊くんはそういう人間だ。懲りないの、疲れないの、ってよく思うし心配になるけど、聞いても優しい顔して首を横に振る、伊月俊という幼なじみ。たとえばこんな、せっかく部活がない日に、大事なオフの日に、わたしなんかのために放課後を浪費してくれてしまう、かわいそうな人間だ。


わたしは日向順平くんがすきでした。


リビングの窓から差し込む西日が少し鬱陶しいと思う。ソファに寄りかかるわたしの目の前にはかごに入ったお菓子の盛り合わせがある。近くに麦茶もある。至れり尽くせりだ。お礼なら三十分くらい前に言った。そう、学校から俊くんの家に直行して既に三十分が経っている。進まない泣き言を彼に押しつけるだけの無意味な時間が過ぎていく。わたしはまだいい。ちょっとすっきりしてる。俊くんにとっては大損害だ。「はどうしたいの?」大損害を大損害と言わず、そんな素振りも見せず、やはり俊くんはわたしにでろでろに甘い。


「タイプが違いすぎるよね、まず」
「それは、そうだな」
「ハキハキした子だもんね、相田さん。かっこいいタイプ。憧れるとかじゃないけど、ああいう子いいなって、思うよ、わたしだって」
にもいいところはたくさんあるよ」


ここでたとえばどこ?と聞いてしまったら確実に困らせるだろう。どろっどろに甘えてる身としてせめてものふんばりを見せる。困らせたくない、とか今さら言えることではないし、現に困らせてるしきっと彼が言葉に詰まるようなことを別のところでたくさん言ってる。それはよくてこれは言うまいとする境界線は、わたしの曖昧で都合のいい良心の呵責が何たらかんたら。あまりいい傾向でないことは確かだ。


「でも日向くんがすきなのは相田さんみたいな人なんでしょ」


ほらちょっと困らせた。


「うん」


優しい俊くんは嘘をついてくれない。いっそ君が、違うよって、日向は誰もすきじゃないってよ、って言ってくれたらわたし、それでも信じないけど。
だってわたしだっていくらかの確信は持ってる。確信を持っていて、彼と親しい俊くんの推測が合致すれば、そりゃーもう、事実でしょう。悲しくて堪らないから、日向くんと相田さんが仲良くしているのを遠くから見てはときどき俊くんに泣きつく。


「わたしみたいな人間は日向くんみたいな人間をすきなのに日向くんみたいな人間はわたしみたいな人間をすきじゃないってことは、わたしみたいな人間はもう終わりだよね」
「そこまで決めつけなくていいだろ、なにも」


言わなくてもわかっているよ。わたしは「日向くんみたいな人間」じゃなくて「日向くん」をすきで、「日向くんみたいな人間」が全員「相田さんみたいな人間」をすきになるわけじゃない。そのことは、皮肉にも俊くんを見ていればわかる。そう、ただ、「わたし」が「日向くん」をすきで「日向くん」が「相田さん」をすきという一方通行が生じているだけなのだ。わかってる。


「あきらめないとって思ってるよ」
「…そっか」
「来年は絶対にクラスを分けてもらう」
「うん」
「ねえいっそ、望みなんてないんだからさっさとそうしろとか言ってくれてもいいんだよ。怒らないよ」


ぽろっと思ったことが溢れてしまう。トゲがあるように届いてしまっただろうか。俊くんはわたしから目を逸らす。「言わないよ」どこか緊張した声。その理由を、実は知っている。

君にとっては妹が一人増えたぐらいの感覚だろう。自分のことをよくわかってると思ってるわたしは俊くんにとっての自分のこともよくわかっている、つもりだった。全然そんなことないんだと気付いたのは高校に入ってからだった。

俊くんがわたしに優しい理由も知ってるし懲りても疲れてもでろっでろに甘やかしてくれてしまう理由も知ってるのだけれど、それをどうにかできるわけはないしいっそやめてしまえと言うべきなんだけど言いたくないから黙ってる。結局わたしは自分が安全圏でいることが大前提で、その大前提が覆されない範囲でしか行動しない。


「俺が口出す権利はないからさ」


なんだ君、物分かりのいい男にでもなるつもりか。そんなことしなくたって君はいい男だよ、ばかやろう。なんだか無性に腹が立ってしまった。


「そうか、俊くんにとっては大した話じゃなかったね。ごめんね」


全然ごめんなんて思ってないけど。ソファに置いたスクールバッグに目線を逸らし、立ち上がろうとする。ローテーブルを九十度囲んだところに座っていた彼に手首を掴まれる。


「それはないだろ」


ほとんど同じ高さで視線が合う。口はわずかに笑ってるけど悲しそうだ。そうさせることをわかって言った。意図して傷つけたのだ。わたしと俊くんが一緒にいたとき、傷つく割合は君の方が圧倒的だ。ごめんね。本当の罪悪感は声として出てこない。こうして心の中で泣くのだ、わたしは。上げた腰をすとんと落とす。


俊くん、そんなに優しくてかっこいいんだから、さぞかしもてるでしょう。わたしなんかさっさと見限って、さよならしてしまえばいいのにね。そんなことをわたしが言うのはそれこそ、ない。でも君の行く末がちょっと心配になるよ、ってことくらいは言いたい。
「俊くんみたいな人間」は「わたしみたいな人間」をすきにならない。確信がある。ここに生じているのは、ただ、そう、美しいだけの一方通行だ。



俊くんのことすきになれたらいいのに。

ぽたりと落ちるなみだ。