わたしの休講と赤司くんの自主休講が合わさり、二人で大学近くのレストランに来ていた。元々約束していたというわけではなく、つい先ほど二限終わりにキャンパス内でたまたま会い三限がないことを伝えると、パッと表情を明るくした赤司くんが「俺も次は自主休講しようと思ってたんだ」と言ったのだ。それがあまりにも自然な切り返しだったので、聞き間違いかな?と思っているとその隙に赤司くんに手を引かれあれよあれよという間に構内を出てお店の席に座っていたのであった。なんということだ。
「こないだ友人と来ておいしかったから、にもぜひ紹介したいと思ってね。…ああでも、知ってたかな」メニューブックを差し出しながら言った赤司くんに、気後れしながらも首を振る。大学からは徒歩十分も掛かってないと思うけれど、少し入り組んだここら辺のことはよく知らなかった。ここはもちろん、周りのお店もまるで見たことがない。そう告げると赤司くんはよかったと言って二冊目のメニューに目を落とした。角度の問題か、わたしには彼の口元が笑っているように見えるので、少しむず痒い。それを堪えるように適当に開いたメニューを凝視していたら、ページの真ん中にあった季節限定のかぼちゃプリンが食べたいのだと勘違いされてしまった。けれど赤司くんが「おいしそうだね」と言うと本当においしそうに見えてきて、結局二人で食後に注文することにした。


洋食のおしゃれなレストランでのランチが済むと早々に外に出た。赤司くんがおすすめするだけあってとってもおいしかったなあ。かぼちゃプリンも絶品だった。大満足のお腹ににこにこしていると、赤司くんはかっちりした黒い腕時計を覗き込んで、四限までまだ余裕あるなと零した。それを聞いてわたしはようやくハッとする。赤司くんのペースに流されてすっかり聞きそびれていた。


「赤司くん、三限って何だったの?」
「ああ、心配するような講義じゃないよ。出席も取らないし」
「でも赤司くんがサボるなんて珍しい…」
「俺だってサボりたいときくらいあるさ」


にっこりとのたまう赤司くんに苦笑いが零れる。言い方からしてこれが初めてというわけではなさそうだ。きっとわたしが知らないだけで、彼は何度か自主休講をやってのけているのだろう。赤司くんはわたしが知る人間の中で最も要領のいい人だから、多分一回や二回サボったところで何のこっちゃないんだろうなあ。
捲ったえんじ色のカーディガンの袖を戻すのを、ぼんやりと眺める。赤司くんは秋服もよく似合う。


「ところで、何か用事はないか?」
「ないよ?」
「そうか。なら、四限まで随分あるからどこかで時間を潰そう」
「赤司くんは何もないの?」
「ああ」


それじゃあどうしようか、と顎に手を当て考える。そんなわたしを赤司くんはじっと見ていたようで、視線に気付いて目が合うと「、前にレポートに必要な本を探してるって言ってなかったか?」と首を傾げた。「あ!」そうだ、すっかり忘れてた。声を上げたわたしに赤司くんが表情を綻ばせ、大学の図書館に行こうかとの提案をしてくれた。それに二つ返事で頷いて、同時に歩き出した。
赤司くんはわたしのこと、よく考えてくれてるよなあ。わたしだけが考えなしに馬鹿みたいに生きてて情けなくなってくるくらいに、気を回してくれていると思う。でもだからといって何をするでもないこんな人間が、赤司くんの彼女なんて言い張っていいものなのか。いつも、まるで自信がない。「この時間だとまだ暖かいね」優しく話す赤司くんに、相槌を打ちながら目を泳がす。


「…あ、赤司くん」
「ん?」
「なんか、こう、わたしに不満とか、ないですかね…」


きまりが悪くて俯きながら問う。赤司くんが不思議そうに首を傾げたのがわかった。「ないよ。何かあったのか?」聞いときながら、即答されて安心する。赤司くんが素晴らしすぎて、なんて理由は言うべきじゃないとわかってる。ううん、とか下手なごまかししちゃって、自分は馬鹿だなあ。じゃあ聞くなよって感じだ。一度だけ目を瞬かせた赤司くんは、そのまま前を向くと、さっきのわたしと同じように顎に手を当て思慮し始めたようだった。


「…は俺に何か不満あったりする?」
「え?!な、ないよ!!」
「俺も同じだよ」


わたしに向いて、にこりと笑う赤司くん。そんな彼に呆気にとられ、それからつられてへにゃりと笑う。決して彼の言葉を信じてなかったわけじゃないけれど、不安を打ち消そうとしてくれる赤司くんの優しさがこの上なく嬉しかった。それでもう、どうでもよくなってしまうので、つくづく自分は単純な奴だなあと思うよ。