神田くんの横顔がとても綺麗だと思う。綺麗すぎて、溜め息をつきたくなるほどだ。ううんそりゃあ、神田くんはどこから見てもかっこいいけれど。でもわたし、君と目を合わせると途端に恥ずかしくなってすぐ逸らしてしまうから、横顔がちょうどいいのよ。
身長差があるのは隣に並ぶとよくわかる。そんなことにもどきどきする。前髪が伸びたんじゃないの神田くん、気付いたけれど、言ったらこっちを向くでしょ、そしたらわたしは目を逸らす、から、難しいな、君とコミュニケーションを取るのは。


「おい、なんだ」


ああしまった。視線に鋭すぎる。結局わたしから話し掛ける前に向いた彼を、すいっと視界から逃がす。真正面を向く。舗装された道路だからそんなに注意する必要もないのに、わたしは随分用心深い人のように、地面をじっと見つめながら歩く。「神田くんの前髪が長いなって、思ったのよ」ちょっと緊張気味なのはなんでだろう、ね。本当に思ってたことなのにわざとらしく聞こえるの。まるで別のことを考えてたみたいに思われそうだ。
フンと鼻を鳴らした、神田くんの機嫌は悪くなっただろうか。ちらっと横目でうかがうとそんな様子もなかったので、ちょっと安心する。おまえに言われなくても、ってところだろうか。ね、君、今日の任務が終わったら、すぐにでも切りなさいよね。視界が悪いのは良くないよ。どうにも不安だ。多分神田くんより、わたしが不安だ。


「おまえこそそのぼさぼさの髪なんとかしたらどうだ」
「わあ」
「あ?」
「神田くんに髪の毛のこと言われるとすっごい傷つく」
「事実だろ」
「事実だから余計に」


ハッと、今度は少し馬鹿にするように息を吐いた。見上げて、彼の横顔をもう一度見る。静かに歩く彼にならって長いポニーテールも少しだけ揺れている。その髪は何でできてるんだろう、とか馬鹿みたいなことを考えたことがある。さすがに口に出したことはないけれど、驚きの指通りのよさにわたしは腹の底からぎょええと叫んだことがある。もちろん神田くんにはいい顔されなかった。もちろんいい顔すると思って叫んだわけじゃない。おかげさまであれ以来、髪の毛触らせてと言うのがためらわれている。
神田くんのことが大好きなわたしは自分の髪の毛の手入れを頑張っている。何使ってるのと聞いたら石鹸と言われたことは記憶から抹消したので覚えてないことにしている。神田くんの思わず悲鳴を上げるほどの滑らかさもすきだけれど、わたしは記憶に蓋をしていて、リナリーの柔らかい髪の毛もすきだから、彼女にいろいろアドバイスしてもらっている。
神田くんのさじ加減でなくともぼさぼさの頭は目的地に着いたら結ぶつもりだ。このまま歩いて三十分と言ったところだろうか、例の屋敷というのは。探索部隊の人たちは元気かな。


「話では、あんまり目ぼしい感じではなかったね」
「選り好みしてらんねえだろ」
「それもそうか」


……。やっぱり君とのコミュニケーションは難しいな。会話がぶつ切りになってしまう。続けようにも話題がないのもいけない。言いたいことは、いつでもあるんだけど。それはもう何回も伝えているから、どうかなあ。いい加減にしろって言われそう。わたしはそんな反応でも、全然構わないけれど。流されるより全然。


「ねえ、神田くん、」
「黙ってろ」


え。思わずぽかんと口を開けてしまう。あっけない。言う前に、彼に遮られてしまったよ。わたしはすっかり呆然として、頭が空っぽになった気分だった。それからようやく回転し出して考えることは、もしかしたら、わたしと神田くんは今、とても残酷な意思疎通をしてしまったのかもしれない、ということだった。けれど、思ったほどショックは受けていなかった。

帰ったらおいしい蕎麦を食べよう、君がすきだ。ああこう言うと、なんだか死にに行くみたいだ。神田くんはわたしがそう言いたいのがわかったから遮ったのだろうか。そっと口を噤む。神田くんの、静かそうに見えて、どこか逃げているような、揺れている空気を感じ取る。だからわたしは、言おうとするのはもうやめて、全然違うことを考える。何度も言いすぎて擦り切れてそうな愛の言葉は、やっぱり、君にはわかっているのでしょうし。


「神田くん」
「……」
「張り切ってこうね」


よりによってそれか、って顔した神田くんに、頷いた。君に受け入れてもらいたいわけじゃないの。