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二個上の先輩たちのバスケットに対する姿勢がすごくすきだった。誰かに特別憧れていたとかじゃないけれど、彼らの作り出す部の雰囲気とか、後輩を可愛がってくれたりするところとかが心の底から、いいなあと思っていたのだ。バスケ部のマネージャーになってよかったと思いながら毎日、わたしも部員のために力になれるよう頑張っていた。そう、青春だ、と思っていたのだ。
だから、っていうのもあるのかもしれない。ホームルーム終了の号令がかかっても足は重りをつけたみたいに動こうとしない。最近ずっとこうだ。支度は全部済んでいるのに、何も置かれていない机をぼんやり眺めて座ったままでいる。すぐに当番の子たちが教室の掃除を始めるだろうから、机を後ろに運ばないといけなくなる。そうなってやっと、わたしは背中を押されて動き出すのだ。ここにいてはいけないから、追い出されるように教室を出て、部室に、………。 (……部活行きたくない) ガタガタとざわつく教室を背に、廊下で立ち止まる。肩に掛けたエナメルバッグは使い始めて今年で二年目になる。毎日のように使っているけれどまだまだ綺麗のそれを見て、物の扱いが丁寧だと褒めてくれたのも先輩だった。 「」 呼ばれて反射的に顔を向ける。花宮だった。三つ隣のクラスの彼は部室への進行方向に沿って歩いてきたらしい。それだけなら、どんなによかっただろうと思う。彼がわざわざ声をかけてきた、その事実に重かった心臓がさらに重量を増した。わたしの沈んだ表情に気付いていないはずもなく、しかし微塵たりとも気にかける様子のない彼はわたしに分厚いA4のコピー用紙の束を差し出した。ああ、またか。 「去年の大会の資料だ。こないだと同じように学校ごとにまとめたらレギュラー分コピーしておいてくれ」 「……」 花宮は去年新チームになってから主将を任され、それからすぐに監督が辞めてからはその役割も兼任している奴だった。能力が他の部員よりズバ抜けて高く、チームが新しくなってからはエースとしても部の中心となってみんなを引っ張っていっている、んだろう。四月に入ってロクに練習も試合も見ていないからわからない。 べつにサボっているわけじゃないのだ。わたしが悪いんじゃなく、毎回のようにこうして花宮に雑務を押し付けられパソコン室やコピー室に縛りつけられるのが原因だ。いつの間にこんな資料を集めているのか、この男の要領の良さに慄きながらもそれを受け取るたびに気持ち悪くなるのだ。また追い出されたと感じる。除け者にされている。 「それじゃ」 「ねえ、」 「…なに?」 疑惑でなく、確信だった。今のバスケ部は何かを隠している。それはわたしに対してだけでなく、大勢に、しかし巧妙に隠されていた。何も頼まれなかった日、久しぶりに部活動に参加したときに感じた違和感の正体はまだはっきりとは掴めていない、けれど、間違ってもないだろう。そうじゃなかったら、男子マネージャーだけが練習に参加するなんてことがあるわけないのだ。 「何もないならもう行くぞ」 「…は、…花宮、たち、何かわたしに隠してない」 「…何のことだよ?」 通り抜けようとした足を止め、再度わたしに向き直る。花宮は挑発するように芝居かかったように首を傾げ、わざとらしく語尾を上げてとぼけるのだ。それを見てわたしは無意識に顎を引く。もう予想している、この男に口で勝てないということは。 そういえば、前は周りの人間全員に随分徹底した猫かぶりをしていた気がするけれど、あれはもうやめたのだろうか。入部当初は人間の鑑みたいな振る舞いを見せていた彼のメッキは次第に剥がれて行き(とはいっても彼自身が自ら剥がして行っていたのだが)、先輩が引退したあとには部内でのそれはやめたようだった。最初の彼が本物だと疑っていなかったわたしは大層驚いたものだ。それでも多分、今わたしに見せている彼ですら一面でしかないのだろうと思う。思うだけで、根拠はないし、追及する気もなかった。この、前の彼を知っているなら思わざるを得ない冷たい態度が万人に適用されているのか、同じ部活の人間に対してだけなのか、わたしは知らない。 「じゃあ、なんでわたしいっつも練習に参加させてもらえないの」 「ハッ。大好きな先輩がいなくなってすっかりやる気なくしてる奴がよく言うぜ」 「、そんな、」 「べつに責めてるわけじゃねえよ。ただ、青春追いかけたいなら他行った方がいいんじゃねえの?」 「それが嫌なら黙っておとなしくしてろよ。こっちはおまえに構ってる暇ねえんだよ」花宮は片足に重心を乗せ、だるそうにスラックスのポケットに手を入れた。……辞めてほしかったのだろうか。わたしは今更、花宮にそんな風に思われていたのかと相当なショックを受けた。問い詰めなければよかったとさえ後悔しているくらいだった。煙に巻かれていたわたしは暗に退部を促されていたのだ。追い出されているのはわたしの気持ちの問題じゃなくて、事実だったのだ。ロクな思考を働かせることができない程度には動揺していて、現状を打開できるような返答は何も思いつかない。視線を落とし彷徨わせる。すると、花宮が小さく笑い声を漏らしたのが聞こえた。それに縋るように顔を上げたわたしは、しかし彼の表情を見てフリーズしたのだった。目の前の男は、目を細め、口元にうっすらと笑みを浮かべていたけれど、決して笑っていなかった。「まあいいや」 「こっちとしても身内に隠し事はやりづらいと思ってたんだよ」 悪い予感しかしない。これから言われることも、わたしの知らない彼らの隠し事も、全部悪いことな気がしてならなかった。けれど動けない。ここでようやく、これが花宮の本性なんじゃないかと、思い至った。 「おまえのキモイ正義振りかざさないって誓えんなら、それ終わったあと体育館に来い」 花宮はわたしが両手で持っていた資料を指さしながらそう言うと、今度こそ一瞥もくれずに横を通り抜けて行った。悪い意味で心臓がバクバクうるさい。白いコピー用紙を胸に抱きかかえ、わたしは立ち尽くした。どうしよう、逃げるか、真正面から向き合うか、決めないと。…いっそこのデータすら放り投げて今すぐ逃げてしまえば、と考えてすぐに、最後に見た花宮の少しも笑っていない笑顔が頭をよぎった。ごくりと喉が鳴る。 知りたかったはずだ、彼らの隠し事を、わたしも共有したいと思っていた。けれど今となっては恐ろしくて、そんな気持ちはこれっぽっちも残っていない。きっと良くないことだ。そりゃそうだ、わざわざ隠してるんだもの、当たり前だ、どうして今までそれに気付かなかったんだよ、馬鹿かよ。気付いていれば、何も言わずにそっと逃げたのに、……。 でも結局、ここまでこの部に居座っていたわたしに選択肢なんてないのだ。もう逃げられない。それを確信できてしまうのが嫌で、ぎゅうと資料を抱え込み、震える息を吐き出した。 |