待ち合わせ場所はいつもの桟橋だった。お昼ご飯をゆっくり食べてから、忘れ物がないか確認しながら支度を始める。外を見てみると天気は快晴で、風もそよそよという表現がぴったりに吹いているようだ。きっと桟橋までの道のりはとても心地よいことだろう、と一人思い気分が上がった。
約束の時間までやることがなくて暇をしていたため準備はすぐに終わってしまい、予定より早くに家を出ることにした。今日はわたしが一番乗りなんじゃないかな。実際約束の時間ぴったりに揃うことなんて早々なく、けれどそれは長年の付き合いが許していることなので特に何も思わない。だから、わたしが一番乗りの回数も少なくはないのだけれど、決して多くもないのだ。

桟橋の近くは道路と、川辺に背の低い原っぱが広がっていた。時間は約束の十分前。人影は見当たらない、やった一番だ、と気持ちを明るくしながら到着すると、桟橋から少し離れたところの原っぱで、人が寝転がっているのに気が付いた。ああ、なんだあ。それが意味することをすぐに理解してちょっと残念な気持ちになる。けれど、どうだろうか。桟橋を通り過ぎ、その人物に歩み寄る。サワサワと草を踏んで近付くけれど、頭の後ろで手を組んで仰向けに寝転がる彼はこちらに気付く様子はない。本当に寝ているのだろうか。足を止め、見下ろしてみる。目を閉じてとても静かな寝顔だった。この顔は今まで何度も見たことがあった。
これまでの経験から、彼が熟睡中であることを察したわたしは、彼の頭の方に周り膝をついて座り込んだ。背筋を曲げ、彼の顔を逆さに覗き込む。


「シカマル」


そっと、呼ぶと、彼のまぶたがゆっくり持ち上がった。いつもやる気のない目は寝起きだとさらにやる気なさそうに開かれ、「…おう」挨拶もやっぱり気だるげだった。


「なに、もう集まった?」
「あと十分あるよ」
「なんだよ、じゃあまだ寝れるじゃねーか」


そうだね、と苦笑いを零す。いのちゃんとチョウジが来るのは十分どころか二十分くらいあとだろうか。いのちゃんはしっかり者で任務のときとかは絶対に遅れないけれど、気を抜いていいときはちゃっかり抜く要領の良さがある。チョウジは多分、お昼ご飯に夢中なんじゃないかなあ。のん気にふああと大きなあくびをするシカマルを横目に背筋を伸ばし、いのちゃんたちが来るであろう方向を向く。演習場に続く桟橋近くには人影は見当たらない。その周りにも、わたしたちしかいないみたいだった。世界中に、とかいうのは少し恥ずかしいかな。
一番乗りじゃなくて残念だったけれど、シカマルと一緒にいられる時間はとてつもなくすきだ。二つを天秤にかけたら、そりゃあシカマルが勝つよ。ラッキーだったなあ。


「いつからいたの?」
「あー…三十分くらい前」
「やる気満々だ」
「なわけねーだろ…」


寝転がったまま、はあ、と息を吐いたシカマルにあははと笑う。わたしが早く着いたときにも一番乗りが叶わないのは主に彼のせいである。中忍になってようやく時間厳守が染み付いてきたのかシカマルはほとんど約束通りの時間までに来るし、こういうプライベートな集まりのときはそれを通り越して早く来て寝ていたりする。自由人なのか律儀なのか、シカマルは不思議な人だなあと常々思っているのだ。そんな人がわたしたち同期で一番に昇格したのだから驚きだ。わたしは今年ようやく中忍になれて、今日は四人でちょっとした演習をしようと、約束をしていたのだった。

風が吹き抜ける。髪を揺らして、草はらも音を立てる。そうだ、髪の毛を結ぶのを忘れていた。動くのにこれは邪魔だろう、紙紐は持ってきているはずだから、いのちゃんが来たら頼もう。彼女はとても器用だから憧れの人だ。お花屋さんでお母さんのお手伝いをするいのちゃんを思い出しながら、ぼんやりと、川の流れる様子を眺めていた。



「なに?」
「……」


なんでもねえ、呟いたシカマルに首を傾げる。膝の先に寝転がったままの彼はただ空を見ているだけだ。何を言いかけたのだろう。顔を覗き込もうともう一度背筋を曲げると、シカマルも首を反らしてわたしを見上げた。すっかり目が合う。
シカマルと目が合うとどきどきしてしまうのなんて随分昔からのことで、それでも慣れる様子はまるでなかった。すきだなあ、と思うのだ。いのちゃんやチョウジには実は感謝してる、役得だ。

彼の手が伸ばされ、掛けていた耳から落ちた髪に触れる。一層どきどきしてしまう。伝わる柔らかい感触にむず痒くなる。


「シカマル、」
「結ばねーの」
「あ、か、あとで、いのちゃんに頼む…」
「ああ」


一度梳いて、手が離れる。シカマルはこんなことして、何を考えているのかはわからない、けれど。まだ宙に浮いたままの手を、握ってみたらどうにかなるかもしれない、と思った。そして膝に置いていた右手を動かそうとした瞬間、


「あー!なにイチャついてんのアンタらー!」


ビクッと肩が跳ねる。声が聞こえた方を振り向くと、遠くにいのちゃんとチョウジが見えた。珍しく二人は時間ぴったりに来たらしい。急に恥ずかしくなったわたしはピンと背筋を伸ばし何と返すべきか必死で頭を回したけれどいい考えなんてまるで浮かばず、シカマルはというとそんなわたしとは正反対に、彼女たちの登場に取り乱すことなく溜め息を一つだけつくと手を引っ込め、上体を起こして立ち上がった。


「ほら、行こうぜ」


見上げるとシカマルが手を伸ばしていた。それを掴んで、立ち上がる。踵を返したシカマルの手は離れるかと思ったけれどそのまま、するりと持ち方を変えて柔く掴んだまま桟橋へ向かう。それに引っ張られるようにわたしもついて行った。
さっき手を握ってたら、どうなっていたんだろう。自意識過剰でも期待しないでいられなかった。


「なあ、さっき言いかけたこと」
「え、」
「今度どっか行こうぜ」


ちらりと振り向いたシカマルはいつもみたいにやる気のなさげな表情だ。首に手を当て、一度わたしと目が合うとすぐに逸らして前を向いてしまった。

……気を、持たせるのがうまいなあ。
うん、と頷いたわたしの顔は真っ赤だっただろう。