高校に入学してからずっと仲良しだった玲央に、はっきりとした恋愛感情を抱いたのは一年生の終わりだったと思う。クラスが同じだったわたしたちは些細なことでも構わずおしゃべりしたし、忙しい部活動の合間を縫って遊びに出掛けたりした。きっとバスケ部にはもっと仲の良い人たちが大勢いるのだろうけれど、女子で玲央と一番親しいのは自分だという、確信めいた自惚れがあった。

告白をしたのは二年に上がってすぐだった。また同じクラスになれて喜んで、二年もよろしくね、なんて会話を交わした次の次のそのまた次の日。部活動が休みの玲央がいつもよりゆっくりと帰りの支度をするのを、一緒に帰る約束をしたわけでもないわたしはぼんやり眺めていた。日は夏に向かって延びて行く、暖かい春の日だった。
クラスメイトが他にもまだ三人残っている中、支度を終えた玲央がスクールバッグを背負って席を立つ。わたしと目が合うと首を傾げて「、帰らないの?」と聞いてきたので「帰るよ」と静かに返し立ち上がった。綺麗な笑顔を見せた玲央は何も言わないけれど一緒に帰るつもりなんだろう。すると仲良しグループの三人が寄り道して行こうみたいな会話をしながら教室を出て行き、あっという間に静寂が訪れた。
彼女らのタイミングが良かったのか悪かったのか、今でもわからないけれど、わたしはほとんど衝動的に、今だと思ったのだ。


「玲央、すき」


相手の目が見開かれる。すかさず、誤魔化されないように畳み掛けた。かわされないように。「すきだ。友達としてじゃなくて」まっすぐ見上げて言うと、玲央はひどく驚いたあと、みるみるうちに悲しげな表情を見せた。


「……ごめんなさい、、私…」


うん、と頷く。大丈夫、わかってたから。俯いたまま口をぎゅっと結び、目をすうっと伏せた。玲央は女の人をすきにはならない。ずっと前から知っていた。それでも勝手にすきになったのはわたしだ。玲央と一番仲がいい女子がわたしなだけで、玲央のすきな人には何年掛けてもなり得ない、それは苦しいくらいにわかっていたのだ。涙は堪えた。パチッと目を開く。よし、と気合いを入れて見上げたのに玲央の方がよっぽど泣きそうで、堪えたはずの涙がわっと眼球を覆った。


「ごめん玲央!大丈夫だよ!わたしこそごめん。言いたくなっただけだから。でも、すぐに諦めるから、玲央の友達として玲央のこと応援するから!」


全部本心だ。今まではっきりと玲央の口からすきな人がいることを聞いたことはなかったけれど、それでもいつかはできるだろうその人と、玲央が幸せになれるように。わたしは精一杯応援することを玲央に誓うのだ。


「だから、ほんと自分から言っといてなんだけど、これからも友達でいてください!」
「…ええ、、もちろんよ」


バッと右手を差し出すと玲央は泣きそうな表情のまま微笑んで、同じ右手できゅっと握手をしてくれた。
その日わたしたちはいつも通りお話をしながら帰ったし、そのあとも変わらず仲良くしていた。ときどき玲央が気を遣っているんじゃないかと思うときはあるけれど、諸悪の根源が自分の勢いだけの告白なのだと思うと申し訳なかった。伝えてわたしだけすっきりした気持ちになっている、自己満足とはこのことだった。

ブレザーの下にカーディガンを着るようになった秋の日、放課後玲央と購買へ行き飲み物とお菓子を買って教室へ戻っているところだった。あと教室二つ分歩いたら自分たちのクラスだというところで、廊下に話し声が響いてきた。それはちょうど歩いていた廊下の前の教室からで、わたしたちと同じように放課後暇な誰かがだべっているのだろうと思った。声の低さからして男子生徒たちだというのはすぐにわかった。


「そういや実渕っていんじゃん、あいつ何なん?」


ピタリと足を止める。隣の玲央も同じように立ち止まった。「あーあれなー。オカマってーの?」「きもくね?」「実際な」信じられない悪口に目を見開いた。ろくな思慮をせず愕然とした表情のまま玲央を見上げると、玲央は冷めた視線を見えない彼らに向けていた、んだと思う。臓器が焼かれる感覚がした。
せり上がってくる熱が脳に達したとき、わたしはほとんど無意識に走り出し、全開のドアを思いっきり叩いていた。ドンッと大きな音に教室にいた男子生徒らは驚きの声を上げたけれどそんなのは意にも介さず、そのまま乱入したのだった。


「こそこそ裏でしゃべりくさって、男らしくねえんだよ!」


それに相手は何か反発してきた気がするけれど思い出せない。ほとんど一方的に責めたてると男どもは怖気付いたのか逃げるように帰って行った。
彼らの足音すら聞こえなくなるとすぐに我に返り、心臓が気持ち悪い脈を打ち出した。自分のしでかしたことが身に沁みてきたのだ。





ビクッと肩をすくめる。振り返ると玲央が切なそうに笑顔を浮かべていて、それを見てわたしは何も言葉が浮かばず、口をつぐんだ。


「ありがとうね」
「……ごめん、ますます玲央の立場悪くしちゃったかも…」


もっと言い方があったはずだ。あんな自分の怒りを当て付けるだけみたいな責め方は玲央のためにはなっていない。自分があの人らに嫌われるのは置いといて、玲央の印象の改善にもまるで役立っていないのだ。また自己満足みたいなことをした。


「いいえ。いいのよ、あんな奴ら放っておけば」
「でも…」


玲央をよく知らない人たちはああいう印象を持ちがちだ。少しでも知れば玲央の優しさだとか穏やかさだとかいいところをいくつも知れるのに。……駄目だ、今回はわたしも悪い。


「守ってくれたのよね、ありがとう」


そう言って歩み寄って、玲央は髪を梳くようにわたしの頭を撫でた。暖かい手の感触に身体全体が熱くなる。う、わ。今度は心臓がばくばくと鳴り出す。思わず俯いた。


「、ごめんなさい」


耳まで真っ赤になったわたしに気が付いた玲央はすぐに手を離した。その意味がすぐにわかって、ああ、と思う。わたしに、気を持たせまいとしてくれているのだ。脈は一ミリもないんだとわかる。全部明らかになる。わたしだって、あのときすぐに諦めるとか言っといて、実際何ヶ月も経った今でもまだ未練がましく玲央のことがすきなのだ。
でも玲央に気を遣われたくない。証明して見せようと、勢い良く玲央に抱き付いた。玲央はいきなりのことに少しよろけたけれど、しっかり受け止めてくれた。顔を制服にうずめて、ぎゅっとブレザーを掴む。


「平気だよ、玲央。大丈夫だ」


何が大丈夫なのかは言えない。玲央とわたしは友達だから、頭撫でられたって何とも思わないし、触られるのなんかへっちゃらだ。声にしたらばれてしまいそうで、やっぱり口をつぐむしかなかった。心臓を必死に押さえ付けると息も苦しいのだと初めて知った。


「…ええ、……ありがとう、


きっと強がりで言い聞かせてるのなんてわかってるのだろう。一生成就しないこの恋は終わらない。それでも精一杯応援して、君が幸せになることを願っているよ。背中に優しく手を回してくれる玲央にいよいよ泣き出してしまいそうだった。