「歌歩ちゃんも、こういうお店でご飯食べることってあるんだね」
「意外だった?」
「うん」

そう言って、私の右隣に座っている彼女はパキッという音と共に手慣れた手つきで綺麗に割箸を真っ二つにする。ちなみに、普段からコンビニ飯なので手慣れているはずの私の割り箸は不格好なものになってしまった。でも、箸としての機能が果たされればそれでいい。

「風間隊でもよくここに来るんだあ」
「えぇ!?」
「ふふっ、これも意外?」
「あっ、いやっ、その…うん、意外だった」

歌歩ちゃんこと三上歌歩ちゃんは、A級3位の風間隊のオペレーターだ。そんなA級のオペレーターとどうやって仲良くなったかというと、スカウトという扱いでボーダーに入隊した私の指導を担当することになったのが歌歩ちゃんだったからだ。タイピングが早いという単純な理由でボーダーからスカウトを受けたことがきっかけである。
確かにタイピングだけなら平均以上の速さを持っていると思うが、情報処理能力はイマイチである。言われたことを一回でなかなか覚えられない私を根気強く教えてくれた歌歩ちゃんには本当に感謝してもしきれない。

ようやくオペレーターが板につきはじめ、チームに所属することにもなった。まだまだオペレーターとしての経験は積んでいかなくてはならないが、チームに誘われたということは、私の実力を買ってくれたということだろう。ここまでに成長できたのもすべて歌歩ちゃんのおかげなわけで。何かお礼がしたいと私がしつこく迫った結果、現在に至る。

ちゃんは、こういうところにはあまり食べに来ない?」
「実はよく食べに来るんだ〜…えへへ」
「そうなの?」
「うん、家帰って料理するのが面倒だったりすると…だから外食が多いかも」
「一人暮らしだから、大変だよねえ」
「いやいや歌歩ちゃんに比べたら大したことないんだよ。私の一人暮らしなんて」
「ううん、大変なのは人それぞれだから」

進学校に通いながらA級オペレーターを務め、かつ四人兄妹の長女だという彼女は、家では下の子たちの母親代わりとしての役割も担っている。大変なわけがないのに、そんなそぶりを見せないところもすごいと思う。私は一度気が緩むとすべてがガタガタに崩れていってしまうから、自炊も途中で飽きるとしばらく惣菜飯が続いてしまうようなタイプなのだ。
歌歩ちゃんの隣で注文した塩バターラーメンをすすっていると、隣から視線を感じた気がしたので、ちらりと横目で見てみると、案の定隣に座る彼女が私の方を見ていた。

「えっと…何かついてる?」
「ううん、ちゃんが髪結んでるなあって思って」
「あー、どうしても食べる時に髪が邪魔になっちゃうから」
「いつもと違う髪型だから、新鮮だね」
「そ、そうかなあ?」
「そうだよ」

お茶碗みたいに手に取って食べられるものなら別に髪を結ぶ必要もないけれど、麺類となるとそうもいかないし、下を向かざるを得ない。そうすると、どうしても髪が左右から流れてきてしまい、口に入りかねないのだ。だからいつもポーチにシュシュを忍ばせている。ヘアゴムだとどうしても髪に跡がついてしまってすきではない。

ちゃん、髪がストレートだから耳にかけてもすぐ落ちてきそう」
「そうなの、落ちてくるたびに耳にかけ直すのも鬱陶しくて」
「ね〜」

そういう歌歩ちゃんも、綺麗な黒髪のボブなのだ。ボブが似合う子がとてもうらやましい。今度は、私が歌歩ちゃんを見る番だった。順番が回ってきた訳では決してないのだけれども、つい、というか、なんというか。重力に従って垂れた黒髪のおかげで、歌歩ちゃんは私の視線に気づくことはない。少しでも視界から髪を取り除きたいのか歌歩ちゃんは箸を持っていない左手で左耳に髪をひっかけたので、いつもと違う髪形の彼女を見ることができた。いつもは可愛い歌歩ちゃんだけど、この時だけは綺麗だなあと思った。


(180312) title by:くつひも