文香は才色兼備だ。
 中学生の頃は両サイドから結った三つ編みを後ろで纏めていた。自分だけでは出来ないような凝った髪型を、毎日自分で結っていたと言うのだからすごい。
 高校生となった今は、三つ編みをシンプルに後ろで纏めている。シンプルだが、そこには聡明さと凛々しさを兼ね備えつつも女の子らしさがあって、正に文香を体現しているように思う。私が真似れば絶対に芋臭くなるそれを文香は自分のものにしてしまえるし、何なら文香のために生み出されたヘアスタイルなんじゃないかと思う。
 でも、可愛いだけじゃない。学校の成績はもちろん、ボーダーとしての成績も優秀。同期の奈良坂くんや歌川くんと新人王を競う実力の持ち主なのだ。
 つまり、勉強だけじゃなく運動神経もいい。ボーダーで女の子のオールラウンダーは文香と木虎ちゃんだけなのだ。この前のB級ランク戦でも、玉狛第二の雨取ちゃんに単騎で挑み、ステージがトリオンで構成されていることを活かして見事鉛弾狙撃を防いでポイントを獲得している。その上、雨取ちゃんの隠し技まで引き出したのだ。あのアツい展開に興奮し過ぎて、肘をひじ掛けにぶつけたことを思い出した。

「文香は画になるなあ」
「もう、またそれ?」

 文香が暗に聞き飽きたと言っているのはわかっているが、わかっていても口を突いて出てきてしまう。本当のことだから訂正するつもりはないし、文香も私が何度言っても聞かないことをわかっているのでこれ以上追及することはない。
 スマホのカメラ機能を立ち上げて隣に座る文香に向けると、私の意図を察した文香はプリンに顔を近づけて、両手で天使の羽根を作りながら笑顔をこちらに向けた。その拍子に三つ編みが揺れた。はい、今日も可愛いをご馳走様です。パシャリという固い音が店内に響いたと思ったが、すぐに周りの喧騒や店内に流れるBGMに?み込まれていった。

「撮れた?」
「うん。また後で送っとくね」
「ありがとう」

 ピントがずれていないかどうか確認してから保存し、乱雑に開封したおしぼりを手早くフレームアウトさせて、今度は自分が注文したフルーツタルトを撮る。シャッター音がまた響く。周りは全く気にも留めないけれど、私は気になってあまりすきじゃない。このカメラ音を消したのにいくら設定を漁っても音を消す機能が見当たらないから、そろそろ無音カメラのアプリを取るか検討している最中だ。

「じゃ、食べよっか」
「あっ、ちょっと待って!」
「え?」

 スマホを脇に避けて、フォークを握ろうとしたら文香の制止が掛かる。隣の文香を垣間見ると手にはスプーンじゃなくスマホを持っている。いつもみたいに先に食べているものだと思っていたから、思わず目を瞠る。そういえば、「いただきます」って聴こえなかったな。

「いつもに撮ってもらってばかりだから」
「ええ、気にしてたの?」
「気にしてたっていうか、私もと写真撮りたいなって」
「いいよ、撮ろう。 文香のスマホで良い?」
「うん!」

 そんなこと言われて、断れるはずがない。否、断る理由がない。文香の可愛いお願いに快諾すれば、自然と二人の距離は0になる。文香はインカメにしたスマホを掲げて、写真写りが良い場所を探している。
 「はい、チーズ」という文香の合図に合わせて、二人でピースを作る。ピピッという控えめな音は、文香のスマホのカメラ音だ。彼女に似てお上品だなあと若干ズレたことを考えながら、二人で撮った写真を確認する。私は半目になっていないことが確認出来ればそれで充分だ。文香も満足なのか、顔をあげて私に向き直った表情は嬉しそうだった。

「ありがとう、
「どういたしまして。後で送ってね?」
「ふふ。もちろん」

 スマホを脇に置いた文香が今度こそ「いただきます」と丁寧に両手を合わせる。備え付けのスプーンを手に取ってプリンを食べ始めたのを視界の隅に捉えながら、私もフォークを手に取った。
 フルーツタルトを一口分にカットしたところで、隣から小さく悶絶する声が聴こえた。

「美味しい?」
「うん、すっごく美味しい!」
「良かった〜」

 「新しく出来たケーキ屋のプリンが食べたい」と文香に誘われて来たけれど、どうやら足を運んだ甲斐があったみたいだ。
 SNSで話題となっていたから混むことを予想し、5時間目で終わる水曜日を狙って文香と直行したらギリギリ待たずに通された。しかも、文香お目当てのプリンが売り切れずに残っていたから文香も私も今はウィンウィンなのである。

「ねえ、
「なあに?」
「さっき撮った写真、待ち受けに設定しても良い?」
「うん、いいよ」
「自慢しても良い?」
「え、誰に?」

 思わず大きな声が出て、一瞬タルトの味を覚える前に飲み込んでしまった。

「…………内緒」
「ええっ??」

 しかも、自慢する相手を教えてもらえないときた。柿崎隊相手にわざわざ内緒にする必要性を感じないから、相手は柿崎隊ではないのだろう。
 そしたら、一体誰にツーショットを自慢すると言うんだこの子は。不明瞭な文香の言葉に戸惑う私は頭上にハテナマークが増える一方だ。

「別に誰でも良いけど……自慢する意味ある?」
「もう、はまたそういうこと言う」
「そう言われても……」

 目を細めて、口を尖らせる文香の視線を断つように、フォークでフルーツタルトをカットする。
 私が文香とのツーショットを周りに自慢するのはわかる。文香は学校内だけでなくボーダーでも高根の花なのだから。
 でも、逆は自慢する理由がわからない。

「──この前、歌川くんとご飯食べに行ったんでしょ?」
「えっ、うん」

 思索に耽っていたことと、文香の口から急に同期の名前が出てきたことも相まって変な声が出た。今までの流れで何故歌川くんが出てくる。顔を挙げた文香の口は面白くなさそうに尖がってるようにも見えた。ごめん、可愛い。
 文香の言う通り、先日散歩をしていたら、同じく犬の散歩をしていた歌川くんと遭遇した。私が動物に弱いということを見抜いた歌川くんの誘いに甘えて散歩に同行させてもらうことになり、そしたらたい焼きを奢ってくれたのだ。寧ろ私が奢るべきだったというのに、「散歩に付き合ってくれたお礼だ」なんて爽やかかつスマートにたい焼き買われたらもうお言葉に甘えるしかないだろう。

(まあ、散歩が目的だったから財布持って無かっただけなんだけど……)
「その時の写真をね、歌川くんが見せてくれたの」
「うん、撮った撮った」

 インカメの練習も兼ねて歌川くんを巻き込んだことはよく覚えている。「記念に」という私のよくわからない口実に騙されてくれるのだから、彼はよく出来た男だと思う。

「その時に、私はとツーショットを撮ったことないなって気が付いて」
「文香と遊ぶ時は、私が写真撮ること多いもんね」
「それで、私の方がとたくさん遊んでるのにって思って」
「……えっと、つまり、歌川くんに自慢するってこと?」
「そう」

 それはつまり、新人王を争った者同士として遅れを取ってたまるかっていう対抗心に燃えているということだろうか。それとも、ヤキモチ?
 理由はどちらでも良かった。前者なら、やっぱり文香はすごい。ボーダー内に留まらず、プライベートでも上を目指そうとするその向上心には脱帽だ。私はオンオフの切り替えをしたいタイプだからそういうことは考えないようにしているけれど、文香の手伝いなら話が別だ。
 後者なら、理由が可愛い。文香は自分の言い分が子どもっぽいと思っているのだろう。現に、恥ずかしそうに頬を染めて、私と目を合わそうとしない。はい、可愛い。文香の言葉に目を瞠っていたのも束の間、自分の顔が悶絶に染まっていくのが頬と口の筋肉の動きでわかった。

「ふふ。文香、やっぱり可愛い」
「もう、はそればっかり」
「文香のためならいくらでもツーショット撮るよ!」

 若干興奮しながら、脇で眠らせていたスマホを手に取り、ショートカットでカメラを起動させてインカメモードにする。画面越しのゆるゆるな顔をしている私とは対照的に、奥にいる文香はカメラを通して私に非難めいた表情を向けている。え、なに。

「文香ー?」
「はあ……後で一口ちょうだいね?」
「いいよ!!」

 何故文香が溜息をついたのかわからないけれど、あーんと言う名のご褒美が確定した時点で私の思考がそれでいっぱいになるのは当然で。文香のことがどうでもいいという訳ではない。どうでもいい訳ではないのだが、多分この溜息はいつもの奴だと思うから。
 私の食い気味な返事に満足した文香が笑顔になったタイミングでシャッターを切った。この後も、別のアプリを起動させては色んなフィルター使って色んな写真も撮った。もちろんその写真は文香と共有したし、一口ケーキもあげて、私は一口プリンをもらった。口コミ通り、とても美味しかった。


(210214)