私は背が低い。高校二年生の女子の全国平均よりも低いことは、この前の保健体育の授業で適当に文字の羅列を眺めていた時に知った。背が低いことを特別悲観的に捉えていた訳ではなかったので、少し驚いた。

「あづいいぃ〜〜〜…」
「絶対よりあたしの方が暑いんだけど!!」

数週間後に迫る体育祭の練習のために、わざわざ照り付ける太陽の下に晒されている。夏休みが明け、文字通り残暑は相変わらず厳しい。蝉がまだ鳴いていることに気が付いて、たらりと汗がこめかみから顎を伝って地面に染みを作った。早くチャイム鳴ってくれ。
くまちゃんの背中に額を押し付けながら彼女を離すまいと両手で体操服を握る私と、そんな私を振り返りながら吠えるくまちゃん。
振り向きざまに、彼女のくせ毛が揺れてシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐった。いつもいい匂いだなと思いながらどのメーカーのシャンプーを使っているのか聞き忘れてしまう。

「ねえねえいつも思ってたけど、くまちゃんってどのシャンプー使ってる? いい匂い」
「話を逸らすな!」
「いつも聞こう聞こうと思って忘れちゃうから!!」
「さあ…お母さんが買ってきてるヤツ使ってるけど」
「それじゃわかんない〜!!」
「ていうか! さっきからあたしを盾にするのやめてくれる!?」

と言いながら、熊ちゃんは私に手をかけない。本当に嫌だったら私を振り払うなりなんなりすればいいのに。
背が低いと高い場所に置かれている物が容易く取れなかったり、気になった服を手に取って試着したら理想と現実の差を突き付けられたりすることはある。けれど、夏はこうして背の高い友人の背に隠れて直射日光を逃れたり、寒い冬は寒さを緩和することができる点では背が低くてよかったなと思う。

そろそろくまちゃんの拳骨を食らいかねないと思い、渋々彼女の体操服から手を離した。先ほどまで絶対離さないと誓っていたから、彼女の体操服は私の握力で皺くちゃになっていた。洗濯したら皺は取れるから許してほしい。ちなみに皺をつけて怒られたことはない。

だって、いい匂いしてるじゃん」
「くまちゃん変態みたい」
「そんなこというのはこの口かァ〜〜!?」
「いてててててて!!」

そんな私と対照的なくまちゃんは背が高い。こんな風に軽口を言い合えるぐらいには仲が良いから学校でも一緒に行動することが多い。クラスの女子の中で背が一番低い私と背が高いくまちゃんをまとめて凹凸コンビと呼ばれることに慣れてしまってだいぶ経つ。
両頬を容赦ない力で引っ張られて口裂け女になるんじゃないかと思い始めたところでふと引っ張る力が弱まり、代わりにしっとりとした、熱いとも冷たいとも言い難い感触に頬が包まれて、くまちゃんとの距離がほぼゼロになった。えっ、何事。

「ねえ、。あんた具合悪いんじゃない?」
「えぇっ! そ、そんなこと、ない!!」
「なんで嘘つくの? だって顔赤いよ?」
「ええぇ??」

先ほどまで福笑いを見て楽しんでいたようなくまちゃんの表情が真剣なものに変わって同性なのに思わずドキッとした。実はくまちゃんの両手が頬に添えられてからドキドキが止まらないし、何なら身体中の熱が顔に集まり始めた。本当に体調が悪いのかもしれない。
自分以外の人に体調不良を指摘された途端、身体が鉛のように重くなる現象は不思議だといつも思う。頭もぼーっとしてきて、水の中にいるみたいに周りの声も遠い。
くまちゃんが側に居たクラスメイトに何か声を掛けている。くまちゃんが言葉を区切ったタイミングでクラスメイトは慌てて隣のクラスを指導している体育教師の方へ向かっていくのを視界の隅で捉えた。

。このまま影になっててあげるから楽な姿勢でいな」
「うん、くまちゃんありがとう…今背が低くてよかったって思ってる」
「あたしも、今背が高くてよかったと思ってるよ」

心配かけさせまいとおちゃらけた私の言葉に対して、真面目に返してくれるくまちゃんには敵わないなあと思いながら、彼女の言葉に甘え目の前の豊かな胸に顔を埋めた。そして自力で体重を支えることを半分やめて抱き着いた。そんな私を離すまいと両腕を背中に回されて鼓動が騒がしくなった。

今回は本当に熱があって体調不良扱いされたけど、くまちゃんと一緒にいる時は常に別の意味で具合が悪いのはくまちゃんにも誰にもバレてない、と思う。


(200402)title by:casa