瑠衣はキャンディを食べる時、いつもわたしに許可を取る。
多分一日に五回くらいかな。休み時間三回。あと今みたいに昼休み。最後に帰る時。「飴食べてもいい」、って。いつも気だるげな声がその時だけ子どものように無邪気なソレに変わるのがわたしは密かに好きだった。駄目だなんて言う人いないのになあと思いながらいつも許可を出してたけど、今日は急に駄目と言ってみたくなった。

「駄目」

既にバッグに手を突っ込んでいた瑠衣は動きを止めて、そのままわたしをじっと見つめた。どうしてとは口では言わないけど瞳がこれでもかというほど訴えてくるのが面白い半分罪悪感を膨らませてくる。「嘘だよ」と言ってみせると「びっくりしたあ」とまったくびっくりした様子のない声がわたしを小突いた。瑠衣って学校来る時もキャンディを咥えているから少なくとも六回はキャンディを食べてることになる。よっぽど好きじゃなきゃ食べられないと思う。

「瑠衣はいつからキャンディ好きなの?」
「ん?別に好きってわけじゃないよ」
「えっ」

そうなの、と声をあげると瑠衣はこくりと頷いた。好きだから常にキャンディを咥えているのかと思い込んでいたわたしは拍子抜けして口を閉じてしまう。好きでもないものを一日に何個も食べるなんてわたしには無理だ。絶対飽きる。途端にわたしと瑠衣の間には学校独特の音がどんどん押し込まれていって、最終的にぎゅうぎゅうになってしまった。バッグに手を突っ込んでいたまま止まっていた瑠衣はまるで再生ボタンを押されたかのように身体を動かし始める。そして細い棒を摘みだしてぺりぺりと乾いた音を立てながらキャンディを裸にしていった。今回は何味のキャンディなんだろうと見ていたのに、キャンディは裸になるなり瑠衣の口の中に身を隠してしまった。余韻も何もない。もしかしたら瑠衣にとってキャンディを頬張ることは呼吸するのと同意義なのかもしれない。だったら好きとか嫌いとか、飽きるって話でもない。

「じゃあどうしてそんなにキャンディばっかり食べてるの」
「大量にもらったから」
「誰に?」
「ボーダーの人」
「その人はキャンディ好きなの?」
「そうでもない」

変なの。わたしの感想に瑠衣は「だよね」とまた頷いてキャンディの棒を指先で弄り始める。どういう経緯でそんなにたくさんキャンディをもらったのかよくわからないけど、瑠衣の話を聞く限り瑠衣もよくわからないんだろう。瑠衣はマイペースだから自分からいろいろ話してくれる時とそうじゃない時の差が激しい。今はこの話をする気分じゃないのかもしれない。

「いる?」
「うん?」
「飴」
「いいの?」
「うん、でもって飴食べるの遅そう。授業始まるまで食べ終わる?」
「失礼な。食べ終わるよ」

そもそも「飴食べるの遅そう」ってどういうイメージなんだろう。ご飯食べるの遅そう、ならまだしも。そんなに食べる時間に差が出るものでもないと思うけど……でも瑠衣のこういうところって変に当たるからなぁ……。
はい、と差し出されたキャンディを受け取ってその服を剥いていく。

「この包装とるのって楽しいよね」
「そう?」
「うん。なんかプレゼント開ける気分になる」
「それだけじゃない?」
「うそ」
「でもあながち間違ってないかも」
「?」

首を傾げる瑠衣は小さく笑った。かつてモデルをやっていた過去をほのめかすように美しく。それでいて少女らしく。中学生当時に雑誌で瑠衣を見たことがあったけど、でもその時に見た微笑みとは違う。どこがって聞かれるとわからないけど。

「それ新商品で一本しかもらってないんだよね」
「えっ。そんな貴重なのもらっていいの?」
だから特別にあげる」

特別にもらったキャンディは太陽の光を浴びてキラキラと光っている。オレンジ色のような、ピンク色のような色。口に入れてみると、酸っぱいような甘いような味。はっきり「これ」って決まらないところがちょっと瑠衣みたいだ。

「どう?」
「美味しい。瑠衣みたい」
「なにそれ」

変なの。今度は瑠衣がそう言うからちょっと可笑しくなった。小さく笑い始めたわたしを見て瑠衣も楽しくなったみたいで、「ねえ何」「どういうこと」とわたしの身体を揺すってくる。瑠衣は普段あんまり自分から笑わないけど他の人が笑うとつられて笑うことが多い。瑠衣ってマイペースで他人に影響されたりしないって思われてるみたいだし、実際そうなんだけど。でもそういう一面もあることを他の人は知らないみたい。

「ねえ、これってコンビニで買えるかな?もっと食べたい」
「知らない。ねえ、それよりさっきのどういうことなの」
「教えなーい」
「えー」





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