「響子ぉ、カップ麺を恵んでくださぁぁい」

 時間はお昼には少し遅い時間、14時を少し回ったところだった。響子はその涼やかな目をパソコンのモニターに釘付けにして、何やら熱心にキーボードを叩いており、突然部屋に訪れた私のことなど歯牙にもかけず作業を続けている。

「勝手に取ってちょうだい」
「はぁい」

 役職を持っている響子に与えられている仕事部屋は、デスク以外は非常に整頓されている。デスクの上はさまざまな資料やら書籍やらで当人以外には計り知れない秩序で以て雑然としているが、デスク脇の一番下の引き出しには、分かりやすく綺麗に整理整頓されたカップ麺たちが並んでいた。私はちょくちょくこの部屋にやってきてはこの引き出しの中身に昼食・あるいは夜食を助けられている。失礼しますよー、と聞く人もいない呟きを零しながらガラリと開けると、今日も複数種類のカップ麺のストックたちが各々賑やかな顔を並べていた。

「あ、なんかまた変なのが増えてる」

 カップ焼きそばの見慣れたロゴマークと、ショートケーキという衝撃の大文字が共存している。ショートケーキ味とは……ついに気が狂ったのでは? という感想しか出てこない。

「響子、ショートケーキの焼きそば食べた?」
「まだよ」

 私が今これを食べたら生贄となるのか……はたまた響子より先に感動を覚えた幸運者になれるのか……? 生贄になる可能性の方が高そうなのでそっとショートケーキ味焼きそばをどかして、その下のカップ麺を覗く。カップラーメン抹茶味というのが何故か二つ並んでいた。気に入っているのだろうか? さっきショートケーキの衝撃を受けてしまった為、抹茶がまともに見えてくるのがやばい。引き出しを大きく開けて奥までよく見ると、XO醤味も二つあった。あとはそうめんとか。かなりまともだ。

「今日のおすすめは?」
「もう……」

 集中しようとしているのは何となく分かっていたけど、私が話かけるより先にすでに集中できていなかったようなので積極的に邪魔をする。響子はそんな私の意思を違えずに読み取ったらしく、ふう、と一つ大きなため息を吐くと、静かにキャスターを滑らせて、引き出しの前にしゃがみ込む私の上からカップ麺たちを覗き込んだ。

はラーメンがいいの? 焼きそばがいいの? うどんもあるけど」
「めっちゃ迷う」
「そうねぇ……」
「てか響子はお昼ちゃんと食べた?」
「……そういえばまだだったわ」
「……またダイエット始めた?」

 答えるまでの一瞬の間に、何となくこれまでの経験則から予想を立てみたがどうやら図星だったらしい。じっと頭上の響子の顔を見上げると、響子は不自然な動きで私から目を逸らして、いかにも狼狽えているふうを隠せていなかった。

「防衛任務についてた頃よりやっぱりお腹が柔らかくなってきた気がして……」
「もう……多少柔らかくなってるくらいで丁度いいよ、響子は」

 響子が答えるダイエットの動機はいつもいつも同じだ。私がそれに対して答える言葉も同じ。つまり、おそらく一週間もすればダイエットの事など、仕事の忙しさと面倒くささによって無かったことにされるだろう。アタッカーを辞め、本部長補佐としてサポートに回っている今でもトレーニングを辞めてはいないだろうから、多少筋肉が落ちてお腹周りに脂肪が付いたって、一般的な女子からすればまだまだスレンダーなうちだ。

「ダイエット始めるならストックするのもやめた方がいいんじゃない?」
「それは……その」
「ま、これがなくなったら私も困るから助かるけどねー」

 パクチー味、たらこマヨ味、醤油、味噌、とんこつ、きつねうどん、カレーうどん……ざっと見る限りそんな感じだった。普通の味と、あんまり見たことのない味の割合が大体半々くらいになっている。

「XO醤美味しかった?」
「美味しいわよ」

 なるほど、わりとお気に入りらしい。おすすめのXO醤にしようと引き出しから取り出して、デスクの端に150円を置いた。響子はちょっと考えた後、抹茶味ラーメンを選び出していた。勝手知ったる響子の部屋なので、壁際のラックの上にある電子ポットを覗き込んで、お湯が沸いていないことを確かめると給湯室まで水を入れに行った。部屋を出るときにカップ麺の包装を解いていた響子は、またパソコンの画面に目線が戻ってしまっていた。包装を解いて蓋をあけられたカップ麺は、後はお湯をそそぐだけになっている。

「ご飯食べるときくらい休んだら?」
「メールが来ちゃったから」

 本部長補佐という役職がどれだけ忙しいのか、100パーセント理解できているわけではないけれど、友達として近くにいればその忙しさは知っているので、無理やりパソコンと響子を引き離そうとは思わない。
水を入れたポットが適温まで沸かしてくれるのを待つ間、彼女がパチパチ音を鳴らしてキーボードを打つ音を聞きつつスマートホンでSNSを流し見る。響子の使うキーボードは音が控えめで、あまりカタカタと大きく響くことがない。どこのメーカーのものだろう、どんな形だったろうか。今度自分のものを買い換える機会があれば同じものにしようかな。
 ボーッとしてたらお湯が沸いたので、自分の分のついでに、お湯の注がれるのを待っている響子のカップ麺にもお湯を注いで蓋を閉める。3分の待ち時間が残り1分になったあたりでやっと響子がタイプをやめて、ぐっと背伸びをした。

「響子、あと一分」
「ありがとお」

 ふわあ、と彼女が欠伸を噛み殺しながら口にしたお礼は間延びしていた。響子がパソコンの周りの書類たちを退け始めたので、私もそれに習って広いデスクの端の方にスペースを空ける。私が見ちゃいけないような資料はこのデスクの上の目につくところに置かれていないのは、十分知っている。部屋の隅に追いやられている、人が来る時に活躍する椅子を持って来れば私のお昼ご飯スペースの完成だ。引き出しから割り箸を用意してくれた響子が手を伸ばしてきたので、割り箸を受け取った代わりにあと数十秒で完成するカップ麺を渡してあげる。椅子に腰を落ち着けて、響子に昨日観たランク戦のことでも話そうかと口を開きかけたところで、ピピピッと3分でセットしていたアラームが鳴り始めた。

「抹茶、どんな感じ?」
「こんな感じ」

 響子が見せてくれた抹茶カップ麺は、思ったより美味しそうな感じだった。麺が緑になっていて、さすがに抹茶と名乗っているだけのことはある。

「……美味しいの?」
「美味しいわよ」

 これもお気に入りらしい。
 一口貰いたくなったけれども、まずは自分の分を食べてみるのが先だろう。

「……! 美味しい!」
「でしょう?」

 自分の分として用意したXO醤味を一口、食べてみる。香ばしくて、海鮮の風味もしてて、思ったよりくどくない味。美味しい。私がカップ麺を褒めると、目を細めて唇を綺麗に笑わせた響子が自分の手柄のように得意げに言う。
 響子はその見た目や仕事ぶりから、きちんと自炊して小さい弁当箱を毎日持参する「きちんと女子」の印象がある、らしいが、実態は意外と食については食べられれば何でもいい派だ。カップ麺が好きなのも楽だし結構色々味があって美味しいから、らしい。
 カップ麺ばかりだと栄養が……とか、体型に支障が……とか私はいろいろ考えてしまうけれど響子は仕事場以外ではカップ麺以外も食べるし、そもそも彼女のスタイル、そして鍛え方では体系の心配なんて大して必要なことでもない。

「響子さ、今度の日曜日仕事?」
「休みの予定だけど」
「ケーキ食べ行かない? 美味しそうなところ教えてもらったの」

 しょっぱいものを食べながら、甘い物のお誘いをかける。誘われた響子は箸を動かす手を留めて、空を見つめてちょっと固まった。たぶんダイエットのことを考えているんだろう。必要ないって言ってるのに。

「……」
「響子ぉ」
「………」
「ケーキィ」
「……い、く」

 降参したような悔しそうな了承の声に、思わず声を上げて笑ってしまう。響子はいかにも悔しげに眉を顰めて私をジト目で睨んだ。

「ダイエット始めるって言ったのに」
「ごめんて。でも必要ないって言ったでしょ」
「そうだけど……」
「それに私だって響子がほんとに嫌だなって思ってれば誘わないけど、そうでもないでしょ」

 仕事の絡んだ響子は私なんかの判断よりも余程優れた判断ができる。きびきびしててサッパリしたところのある性格の彼女が本当に行きたくないのなら、しっかりと断れるはずだ。

「……だし」
「え?」

 ずるずる麺を啜っていたら、響子の声を聞き漏らしてしまった。麺を飲み込んで聞き返すと、響子はちょっと躊躇うようにおずおずともう一度口を開いた。

「だって、最近と出かけたりできてなかったし」

「響子ぉ……」

 なんでもない、という顔を取り繕ってカップ麺に向かう彼女がたまらなく愛おしい。なんて可愛いひとなんだろう!


(17/07/23)
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