「清光見てー、どう?」
台紙の穴をくぐって留められたままのイヤリングを自分の左耳に重ね、隣に立っていた清光に振り返って問うも、いつも通り「わからない」と返ってきてしまった。ちゃんとイヤリングとわたしの顔を見てくれているにもかかわらず感想が出てこない清光に口を尖らせたくなる気持ちはあったけれど、むりやり連れてきた立場として控えるべきだと良心が言ったので、おとなしく、そっかあと声にしてイヤリングをアクセサリーパネルに戻した。
高校生になると行動範囲はぐんと広がるもので、授業が早く終わる日の放課後は最寄りの駅から一本で行けるターミナル駅で遊ぶことが多くなった。駅ビルのショッピングセンターで見つけたアクセサリーショップをじっくりひやかしたり、ファストフード店で暗くなるまで駄弁ったりする。可愛い制服を着たわたしはまるで無敵になったみたいに、校門から一歩出てさえしまえばどこへ行くにも足取りが軽かった。
クラスメイトの友達はできたけれど、みんな吹奏楽部やバスケ部に入っているので、放課後の時間はもっぱら清光と過ごしていた。いいや放課後だけじゃなく、休み時間もお昼ご飯も移動教室だって、清光と一緒にいることが多い。だって、わたしがいないと清光はずっと一人でいて、それがちっとも堪えてるように見えないのが逆に、一人にしたくないと思わせるのだ。おかげさまでまだ入学から二ヶ月と経っていない現在でもう、わたしと清光がただならぬ仲だと噂されているらしい。隣のクラスの安定が教えてくれた。
女の子の友達にも、「加州くんと付き合ってるの?」って聞かれる。付き合ってはないけど、お向かいさんで幼なじみなの。本当のことを言ったらみんな納得してくれた。
「ちゃん、お姉さんみたいだね」
休み時間に清光とおしゃべりして戻ってくると、席の近い友達にそんなことを言われた。えへ、と肩をすくめて、イスに座る。入り口に近い席の清光を盗み見ると、自分のロッカーから電子辞書と便覧を持ってきていた。
「清光くんはお兄さんみたいね」それを言われるのは、いつも清光のほうだった。幼稚園の頃から、ぼけっとしているわたしに、清光は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていたと思う。「しょうがないなあ」と大袈裟に溜め息をついて、でも一度だって見放したことはなく、清光は何度もしようがないことをやってくれていた。わたしも、ありがとうって、お礼だけは絶対忘れず伝えるようにしていた。
だから、わたしが今清光にしていることは、清光がわたしにしてくれたことを反芻しているからこそ出来ているのかもしれない。
アクセサリーショップには、人がぎりぎりすれ違える通路だけ確保して、所狭しとショーケースやラックが並べられている。学生でも手が届く価格帯と手を伸ばしたくなる品揃えに、同年代から大学生と思われる女の人たちがこれまた所狭しに物色しては、ぎりぎりすれ違える通路を行き交っている。店頭のパネルを見ているわたしと清光はその窮屈な光景に、どちらともなく入店を躊躇していた。今日はこの棚だけ見て終わろう。思いながら、戻したそばから違うイヤリングが目について、つい手に取る。金塗装された、ダイヤの形をした装飾品がぶら下がっているピアスだ。一目でピンときた。
「清光、これ似合いそう!」
また振り返って、今度は彼の右耳に重ねる。思った通りだ。こういう、ぶら下がってる系のピアスって女性用っぽいのに、やたらと似合う。やっぱり清光は美人なんだなあ。中学だけでなく高校でも、清光の容姿を褒める人がたくさんいる事実が裏付けてくれる。無口で物静かな雰囲気が、消えてしまいそうな儚い美少年感を演出しているのだそうだ。人は見た目が百パーセントと豪語する友達がそんなことを言っていた。
美少年にこんなものつけさせたら、あの子に怒られるかも?でも清光は本当は、儚げな美少年ではなく、得意げに笑ったり、しょうがないなあって溜め息をつく男の子なんだよ。
「俺で試さなくていい。自分の欲しいものを選びなよ」
ふっと目を伏せ、ショーケースの上に陳列されたヘアゴムやバレッタなどを視界に入れる清光。ピアスと合わせた自分の顔を鏡で確認することもなく、そこには許容や拒絶などではなく、ただただ、無関心が広がっていた。しぼんでしまいそうな心を律して、努めて笑顔を見せる。
「似合ってるからプレゼントするよ!あ、でもピアスだと穴空けないとだよね。イヤリングで同じのあるか探してみる」
「いい。が欲しいならのために買いな」
「自分のも探すよ。でもこれは清光につけてもらいたいの!」
決まり。両手のひらに乗せて、イヤリングの棚から同じデザインのものを探す。すぐに見つかり、交換して手に取る。「清光、こっち向いて」もう一度清光の右耳に合わせる。……。
あれ、なんか、印象が変わるな。違和感すら覚える。清光はピアスのほうが似合うんだ。
どうしよう、ピアスがいいな。でもピアス穴空けないといけない。さすがにプレゼントする側が、あげたいから穴空けてとまでは言えないよ。清光が空けるつもりならいいんだけど……。
ダメ元で聞いてみようと、彼の目と合わせる。「きよ、」同時に、彼越しに、こちらへ歩いてくる人の姿が見えた。
「、また清光お人形にしてるの?」
安定。一緒にショッピングセンターに来て、隣の店に用があると言って別行動をしていた。右手にショッパーを提げ、肩にスクールバッグの他に竹刀袋を背負っている。今日の放課後の部活はお休みで、朝練だけだったと言っていた。
店頭のパネルを見ていたわたしたちの隣で立ち止まった彼は、清光に目をやり、眉をひそめた。学校でもちょくちょく清光に会いにうちのクラスに来る安定は、小学生の頃から明らかに変わってしまった清光を未だに訝っている。わたしがいないとき、安定と清光がどんな会話をしているのか知らない。
とっさに、口をついた。話を強行しないといけないと思ったのだ。
「だって清光似合うんだもの、可愛くしたいよー!わたし清光の顔すきだ」
「がそうなのは知ってるけどさ」
釈然としないまま、ふうと腰に手を当てた安定は、「どっかで休憩しない?お腹空いちゃった」と話を変えた。そっか、変えたらよかったんだ。ほっとした胸でうんと頷き、手に持っていたイヤリングに目を落とす。清光に聞くの、今はやめておこう。また今度買うねと彼に言い、パネルに戻す。
三人でフードコートに向かって歩く。五月半ばにもかかわらず外はもう暑く、来る季節に向けてどの店も夏仕様に模様替えしているみたいだ。ちょうど通りが女の人をターゲットにしたファッションブランドの店が並んでいるものだから、物欲が刺激されてしまう。反対に男子二人はまるで興味がないようで、今日のお腹の気分について語る安定に対し、清光が気のない相槌を打っていた。
ふと、足が止まる。
目についたのは麦わら帽子だった。店頭のラックに飾られたそれは黒いリボンが巻かれシックな味わいになっている。よく見かけるデザインであるはずのそれを、けれどわたしはしばし放心して、何も考えられなくなる。さらには脳裏を擦るような薄ら寒さすら覚え、途端にぶるっと身震いが起こる。
「欲しいのあったの?」
「あ、ううん、大丈夫」
先を歩いていた二人が振り返る。首を傾げる安定と、無表情の清光が、わたしを見ていた。誤魔化すように首を振り、二人へ駆け寄る。
清光が、すっと視線を横に逸らしたのに気付く。わたしの背後、麦わら帽子を見たようだ。もう夏になるから、清光も興味があるのかなと考え、すぐ、彼のスクールバッグに結ばれたままの赤いマフラーに目が行く。
それから、ふっと思い出す。清光とわたしが病院に運ばれたあの日から、もうすぐ七年になるんだな。
|