さんが落ち着く頃には蘭さんたちに呼んでもらった医師が駆けつけており、応急処置を施したあと医務室へ連れて行かれた。IDはすでに全員分回収され、爆発物処理班に回されたようだった。

屋内のその施設には服部くんと和葉さんがおり、どうやらさっきまで服部くんの方の処置をしていたらしかった。流れ出た血は大方拭ったもののわずかに皮膚に残る痕に傷の深さを察したのか、和葉さんは心配そうに眉尻を下げた。と言っても見る限り、腕に包帯を巻き袖を乾いた血で赤黒くした服部くんの方が、重傷そうに見えるが。かすり傷だと強がったことに対してか、バツの悪そうに目を逸らした彼はそれから和葉さんと一緒に一旦医務室から出て行った。

さんが医師に処置してもらっている間、僕は部屋の少し離れたところで、紅子さんと座って待っていた。女性の医師と向き合うさんは泣き腫らした目で叱られた子供のようにしゅんと肩を落としているが、隣の紅子さんもひどく思いつめた様子で頭を垂れている。いつも気丈な彼女だけに少し心配になる。


「紅子さん、」
「…ごめんなさいね」


思わぬ謝罪に目を丸くする。何についての謝罪だ、と思考を巡らす一方で、紅子さんは床に目を落としたまま続けた。


のことは任せてって言ったのに、こんな目に遭わせて」
「…、…謝らないでください」


それに関してはあなたの非ではない。実際に見ずともわかる。彼女のせいでさんが傷ついたなんてことは、あるはずがなかった。「僕の方こそ、もっと早く真相に辿り着いていれば…エリア設定を解除できていれば、こうはなりませんでした。…だからあなただけが謝罪するのは、お門違いかと」すみません。目を合わせ、そう謝罪した僕を彼女は不満げに見上げた。僕が素直に謝罪を受け取らなかったからか、眉間に力を入れ、右頬を膨らませている。意外と子供らしいところもあるらしい。
「はい、これで終わりです」医師の声に二人同時にそちらを向く。目の前では、立ち上がって医師にお辞儀をして礼を述べるさんの姿があった。向こうからも二人の声は聞こえていたから何か話していたのだろう。姿勢を正した彼女はすぐさま踵を返し、こちらに駆け寄った。


「二人とも、心配かけてすみませんでした」


僕たちの前で立ち止まり、深々と頭を下げたさん。それには僕たちもポカンと呆けてしまう。顔を上げた彼女は、僕たちをそれぞれ一瞥したあと、気まずそうに手をいじった。右手は被覆材の上にガーゼが貼られており、痛々しさを感じさせた。


「私こそ、」
「僕こそ、」
「……」


見事にハモった声に見合わせてしまう。「え?」それがおかしかったのかさんは首をかしげながら笑顔を見せた。さっきまでの悲しげな雰囲気は一切ない、リラックスした笑みだった。つられてクスリと笑ってしまう。


「…いえ、三人とも謝ってばかりだなと」
「そうなの?」
「もう、なんだか、馬鹿らしくなっちゃうわ」


紅子さんもそう言って笑う。「、無事でよかった…」さんの右手の甲に自分のそれを伸ばし、そっと撫でる。さんは恥ずかしそうに、くすぐったそうに眉をハの字にして笑った。和やかな雰囲気が、三人の間に戻ってきたようだった。


「紅子ちゃーん!あたしらと事情聴取やって。ちゃんはあとでええらしいでー」


ドアは来たときから開け放したままだ。そこから顔を覗かせた和葉さんが、紅子さんを手招きする。警察の方もようやくひと段落したのだろう、事情聴取が始まるらしかった。おそらく蘭さんたちも呼ばれている。知らなかったとはいえ、彼女たちも立派な事件関係者だ。それに応じた紅子さんが立ち上がり、医務室を出て行く。和葉さんと廊下へ去って行くのを見送ってから、さんは紅子さんの座っていた丸イスに腰を下ろした。


「白馬くん、捜査はどうだった?」


そう見上げて問うてくるさんの目はまだ赤く腫れていたけれど、普段通りの元気は戻ってきたようだった。それに改めてホッとし、笑みを深める。近くに医師はいたが聞かれて困ることでもないため、僕は彼女に調査のあらましを話すことにしたのだった。


話の序盤、馬車道でのことを話していると、突然さんが食いついた。「…え、白馬くん、工藤くんに会ったの?!」理由はどうやら工藤くんの名前が挙がったかららしい。目を輝かせる彼女に見当がつかないながらも小さく頷く。


「まあ、キッドの変装でしたが…」
「黒羽くんに似てなかった?!」


「……!」しかしその言葉には僕も目を輝かせた。


「似てました!」


思わず声を上げてしまう。「だよね?!」まさかさんと既視感を分かち合えるとは思ってなかった。つい興奮してしまう。それから顔立ちがそっくりだの工藤くんの方が賢そうだの盛り上がっていると、開け放したままのドアからまたもや誰かが顔を覗かせたのに気が付いた。ピタリと話を止め、そちらに目を向ける。


「服部くん」


そういえば和葉さんが事情聴取に向かったため、今彼は一人で暇していたのだろう。さんの「服部くん怪我大丈夫?」との声に「おー」と答えながら入室する彼。直撃していないとはいえ、銃弾がかすった割に元気そうなのは彼のタフネスの賜物だろう。


「なんやワイワイ騒いどんなー思たけど、自分ようやっと顔動いたな」
「は?」


僕の方を見下ろして言う服部くんに思わず聞き返す。それはどういう意味だ?さんもきょとんとして僕と服部くんを交互に見ている。まったく心当たりがないと見上げる僕に、彼はやれやれと言ったように仰々しく肩をすくめ、両の手のひらを天井に向けた。


「ファーイースト・オフィスで合流してからずっと便所我慢してるみたいな顔してたやろ。隣で話しとって怖かったわー」
「べ…、どんな顔だいそれは」


下品な形容に引きつった笑みを浮かべてしまう。それを見た服部くんは途端ににんまりと笑い、腰を折ってその腹立たしい顔を近づけた。


「姉ちゃん人質に取られて余裕なさそうな顔や」


「……」呆気に取られて言葉が出てこなかった。自覚した途端羞恥で赤くなっていくのがわかる。……い、言い返せない。服部くんの指摘はまったく、その通りだったのだ。
彼は満足げにふんと鼻を鳴らしたと思ったら、「先警察んとこ行っとんで」と手を振って医務室をあとにした。残された部屋に沈黙が流れる。居た堪れないのと情けないのとで俯いてしまい、左手で顔を隠す。自分では気付いてなかった。そんなにわかりやすく余裕をなくしていたのか。…確かにそう言われると、調査中ロクに表情を作った記憶がない。


「…は、白馬くん、ありがとうね」


さんまで照れたように、控えめに僕の服の背中部分を掴んだ。「…いえ…」それにはかろうじて返し、以後気をつけようと一人自省の念に駆られるのであった。


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