「白馬、ちょお来い」
「はい?」


屋根から降り和葉さんと話していた服部くんに呼ばれ、そちらに足を向けるとそのまま寺の方へ誘導された。和葉さんは服部くんの指示でさんの元へ行ってくれたようだった。境内では気絶した西条氏や門弟が順々に連行されており、残りの警官によって現場捜査が執り行われているところだ。そのうち僕たちにも事情聴取の番が回ってくるだろう。できたらここに残っていてくれと綾小路警部に頼まれたのはつい先ほどのことだった。


「服部くん、何を?」
「仏像の在り処がわかったで」
「! 本当ですか!いつの間に…」
「屋根からここの寺全体を見たとき気付いたんや」


立ち止まり、腰に手を当て建造物を仰ぐ服部くん。それに倣い同じように見上げる。「鐘楼…?」本堂のすぐそばに建てられているそこは、お世辞にも物を隠すのにうってつけの場所とは言い難かった。しかし彼は確信したようにその中へ入っていくため、仕方なく僕もあとについて行くことにした。


「何もないようですが…」
「んー…いや、上や」


言うや否や、隅にあった梯子を中央の柱に立て掛けすいすいと登っていく服部くん。目で追ってようやく、よく見ると天井に木目とは違う切り込みが入っているのがわかった。それはどうやら蓋のようになっているらしく、押し上げるとその奥に屋根裏部屋のような空間があるのが見えた。「お、あったで!」その報せに、素直に感嘆の声を漏らす。彼の推理通りだったようだ。しかし、一体どうしてここが…?顎に手を当て考えていると、「おい、下から持てや」「…え?ああ」再び声を掛けられハッとする。見上げると、いつの間にか服部くんの姿は消え、屋根裏部屋の入り口から仏像の土台の部分が見えていた。どうやら運び下ろすつもりらしい。手を伸ばし、上から降りてくるそれを受け取る。当然ながら重いそれを落とさないよう二人掛かりで慎重に降ろし終えると、服部くんはポケットから小さな巾着袋を取り出し仏像の眉間にその水晶玉をはめた。


「もう落とさんようになあ」
「…それで、一体なぜここだとわかったんですか?」
「ああそれは…」


服部くん曰く、この寺の建物自体が「玉」の形になっているのだそうだ。先ほど屋根の上での決闘が終わった際、降りる前に彼が一度上の方へ登っていたのを僕も見ていたが、それを確認するためだったらしい。そして漢字の点の位置にこの鐘楼が位置しているとのこと。玉という漢字にウ冠をつけると宝になるが、それは鐘楼の屋根を表しているのではないかというところまでが彼の見解だった。なるほど、それなら謎の絵からすべてが繋がる。首領である義経が管理していたという玉龍寺を隠し場所にしたという点でも納得できた。
ようやくすべてが解決した、と思いながら仏像を眺めていると、ふと、透き通った水晶玉である白毫に目がいった。それから服部くんを見遣る。


「あとは、千賀鈴さんに八年前のことを確認できれば君の問題も解決ですね」
「あ?…あー…」
「聞かないんですか?」


意外だな、八年間探しておいて、それが誰だかわかっただけで気が済むタイプには見えなかったのだが。それにさっきまでの堂々とした態度はどこへやら、途端に歯切れの悪い物言いになったのも不思議だ。バツの悪そうに目を逸らした彼は頭をガシガシと掻き、あーだのいやだの言っている。


「そのことなんやけどな…いや、もしかしたらなんやけど、」
「…まさか、他に思い当たる方でも?」
「ま、まあな…」

「平次ー、白馬くん、何やってんのん?」
「刑事さんが聞きたいことあるって…あ!仏像見つかったんだ!」


「あ、ええ…」出入り口からひょっこりと顔を出した和葉さんとさんに応答する。隣では服部くんはなぜか、神妙な表情で二人の方を見ていた。





山能寺へ綾小路警部らと共に仏像を届け、住職と竜円さんに事件の顛末を説明した。桜氏だけでなく西条氏までもが源氏蛍のメンバーだと知り大層驚いたようだったが、その後仏像に関して深々とお礼をされた。綾小路警部にはまた何か忠告でもされるかと思ったが意外にもそれはなく、用が済むとすぐに玉龍寺へと戻って行った。同時に僕らも山能寺を出、門の前で服部くんと和葉さんと向かい合う。


「明日の新幹線何時なん?」
「夕方の六時です」
「よっしゃ、ほんなら京都案内したる!」
「本当ですか。ぜひお願いします」


「今日のリベンジすんで!」「うん!金閣寺と銀閣寺行きたい!」隣で和葉さんとさんが盛り上がっているのを微笑ましく眺める。「ほんじゃ」と服部くんが右手を上げ踵を返すと、和葉さんも手を振り挨拶をする。二人は梅小路病院に戻りバイクで帰るのだそうだ。背を向け歩き出すの見送ってから、僕らもホテルへの道を辿った。


「まさかあんなことになるとは思わなかったけど、事件解決してよかったねー」
「ええ。おかげで明日は一日ゆっくりできそうです」
「ね!」


嬉しそうに満面の笑みを浮かべるさんだが、その表情にはやはり疲れの色が見えていた。無理もない、武装した犯人たちとの戦闘に巻き込まれたのだ。疲弊して当然だ。しかしそんな素振りも見せず、初めて乗ったパトカーの感想を述べる彼女に謝罪の言葉を述べてしまうのはどうしてだかはばかられた。


「あ、あと、白馬くん和服似合ってた!よ!」
「え?あ、ああ…ありがとうございます」


今は脱いでしまったが、服部くんが木刀で気絶させた門弟から拝借したそれはジャケット以外の元の服の上から着ていた。ワイシャツの袖を捲り襟は頭巾で誤魔化したためなんとか最後までバレずに済んだが、服部くんの突拍子もない作戦には驚かされたものだ。乱闘が始まるや否や僕の携えていた刀を奪う際も、予定通りだったとはいえ随分と乱暴に奪ってくれたおかげで危うく手を捻るところだった。ホテルのフロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗りながらそんな話をするとさんはおお、と感嘆の声を漏らし、それからやや目を逸らして呟いた。


「…でも服部くんに感謝だ」
「え?」
「え、あ!え、じゃなくて、白馬くんが和服着てるとこ見たことなかったから、それですごく似合っててかっこよかったのが、…ん?いや、じゃなくて…!」
「わ、わかりました、さん、落ち着いてください」


言われている側だが彼女が墓穴を掘っているのはわかる。だんだんと顔を真っ赤にしていく彼女から伝染し、なだめる自分も顔が熱くなっている気がした。正直なところ、この手の褒め言葉は言われ慣れている、のだが。どうにもいつものように受け取れない。もはや僕と目を合わせられないらしいさんは下を向くが耳まで真っ赤なのがわかってしまう。どうしたものか、と思案するが言葉が浮かぶ前に十階に着いたため、さんは前触れなしに駆け出し、自室の入り口の前まで行った。


「と、とにかく、お疲れさま白馬くん!おやすみなさい!」
「…はい、さんもお疲れさまです。おやすみなさい」


挨拶をし、逃げるようにドアを閉める彼女を見送ってから自分も部屋に入った。靴を脱ぐ前にドアに寄りかかり、軽く口元を押さえる。らしくもなく、にやけてしまいそうだったのだ。
誰にでもなく誤魔化すように、はあ、と息をつく。心臓のところがむずがゆい。この感覚の正体はよくわかっていたが、自制する方法がわからないでいた。
顔を真っ赤にしたさんを思い出す。せめて彼女の前では冷静でありたいと願いながら、感じているのは暖かい幸福だった。


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