その後、殺人事件の方がどうなったか確認してくると言った白馬くんと一緒にホールの入り口まで移動すると、園子ちゃんと高木刑事と鉢合わせた。園子ちゃんは心配そうにわたしたち三人を案じ、それに大丈夫だと返すと高木刑事からは事情聴取の協力をお願いされた。なんでも人工頭脳のノアズ・アークは暴走していたらしく、その原因と今回の実際に起きた殺人事件は関係しているため、参加者にも話を聞きたいのだそうだ。それならばわたしたちは参加者の中で最年長だし適任だろう。話の流れで事件が解決したことを知った白馬くんも協力に応じ、園子ちゃんも含め五人で場所を移すことにした。


「それにしてもちゃん、度胸あるよねー。びっくりしちゃった」
「えっ?」
「鈴木さん、がゲームで何をしたのか知ってるの?」


前を歩く白馬くんと高木刑事が事件の真相について話している後ろで女の子三人が横一列に並んで歩いていた。園子ちゃんの言葉にわたしと紅子ちゃんがクエスチョンマークを浮かべる。二人とも、彼女の話題がゲーム内でのことだと思ったのだ。でもどうして園子ちゃんが知ってるんだろう。
なんと園子ちゃん曰く、ホールの観客席にはゲーム中参加者の音声が流れており、さらに上のオペレーションルームではパソコンに映像まで映されていたんだそうだ。「新一くんのお父様もいたからちゃんたちのステージの攻略法を伝えようとしたんだけど、通信をあの…ノアなんとかに遮られちゃってうまくいかなかったのよ」まさに寝耳に水だ。もしそれがあったら、もっと簡単にゲームクリアできてたかもしれないなあ。つくづく人工頭脳とやらは頭が回るのだ。(ちなみに工藤先生は高校生探偵の工藤新一くんのお父さんなんだそうだ。言われてみれば苗字が一緒だ)


「だからちゃんが飛び降りたときはあたしも驚いたよー」
「飛び降りた…?」


ギクッと肩が跳ねる。苦笑いの園子ちゃんとは反対に、紅子ちゃんの眉間に皺が寄ったのがわかった。嫌な予感を察知して背筋がスッと冷える。あ、これは、白馬くんと同じでは……。


「…どういうこと?飛び降りるって、それでゲームオーバーになったの?」


怪訝な表情を崩さず紅子ちゃんがわたしに詰め寄る。「え、えへへ…」下手くそな笑顔を作って頭を掻くと紅子ちゃんの目つきがますます鋭くなってしまった。すごく、胡散臭いものを見てるみたいだ…。園子ちゃんに助けを求めるも引きつる口角を上品に手で隠すだけで叶わなかった。
ごまかしても無駄なので掻い摘んだ事情を話すと紅子ちゃんの表情がだんだん険しくなっていくのが見て取れた。その変化にわたしの居辛さが高まっていったのは想像に難くない。最後まで話し終える頃には彼女の作った拳がわなわなと震え、どう見ても怒っていた。


、あなたね…!」
「だってそれしかできることなかったんだもん…!ほんとだよ、ねえ」
「そ、そうそう、それにちゃんのおかげで白馬くんも無事でゲームクリアしたんだし!」


眉根をぎゅっと寄せる紅子ちゃんの容貌に思わず身を引くわたしと園子ちゃん。白馬くんとは違うベクトルの怒り方の彼女に何と言うべきか困った。紅子ちゃんはあのときの状況を知らないからきっと想像がつかないのだろう。ほんとに、ああするしかなかったんだよ。いやでも、白馬くんに怒られたんだから、想像がついたとしても怒られてしまう気がする。先を歩く白馬くんの背中を横目で見る。高木刑事から聞く話が盛り上がってるのか、わたしたちとの距離はいつの間にかかなり空いていた。


「白馬くんをゲームオーバーにしないようにとは言ってたけれど、まさかそんな危ないことをするなんて…」
「あっ!ほら、紅子ちゃんもちゃん庇ったじゃない。それと同じことよね、きっと」
「! そうだよ!」


園子ちゃんの反駁に乗っかる。言われてみればその通りだ。紅子ちゃんだって危ないことをしてまでわたしを助けてくれた。同じことだ。これは論破できるぞと拳に力を入れると、紅子ちゃんはすんと澄まし顔になったと思ったら、口を尖らせたのだった。「それであなた、私に散々謝ったじゃない。白馬くんも同じことじゃなくて?」うっと詰まる。……そ、そうか…庇われるとすごく申し訳ない気持ちになる。それはよく、わかる。わたしも、紅子ちゃんや白馬くんが危ないことをしたらとても心配になるし、もうやらないでって思う。なんでそんなことするのって怒りたくなるかもしれない。相手の行動がたとえ理に適ってるとしても、合理性と感情は必ずしも繋がらないのだ。
でもそれは逆の場合も言える。危ないとわかっても大事な人だからって動いてしまうときがあるんだ。それが結論なんじゃないかなあ。どっちの主張も正しくて、同じことなのだ。紅子ちゃんもわかったように溜め息をつき、園子ちゃんはわたしと紅子ちゃんを交互に見たあと、あはっと笑って肩をすくめた。


「あたしも二人の…白馬くんもかな?気持ちわかるわあ」
「園子ちゃんも?」


聞くと園子ちゃんは自信満々ににっこりと笑った。きっと彼女にも大事な友達がいるんだろう。ミラクルランドで一緒に行動したのを思い出して、なんとなく、蘭ちゃんかなあと思った。


「前も思ったけど、三人ってほんと仲良しだよね」


しみじみ述べた園子ちゃんに、わたしと紅子ちゃんはどちらからともなく目を合わせた。それから二人して破顔する。褒められたみたいで嬉しいな。
「あっ」何か気付いたみたいに背筋を伸ばした園子ちゃんに首をかしげると、彼女は先を行く白馬くんに一度目を向けたあと、わたしに向いて小声で言った。


「白馬くんとちゃんは恋人だから?」
「えっえええ違うよ!!」


思わず大声出してしまった。飛び跳ねる勢いで驚いてしまって恥ずかしい。五メートルくらい前方を歩いてた白馬くんと高木刑事も振り返ってしまう。何でもないですと手を振ってごまかしたけれど、わたしの動悸は激しいままだった。びっくりした、びっくりした!いきなり言われたらびっくりするよ!


「そうなの?あたしてっきり…」

「あっ!いたぞ!」


んっ?唐突に聞こえた大きな声に振り返ると、なんと滝沢くんを筆頭にサッカー少年たち四人がこちらに駆け寄ってきたではないか。さらに遠くには親御さんと思われる集団も見えたので、きっとみんな帰るところなのだろう。


「諸星とサグルくんがゲームクリアしたんだって?」
「あ、うん、」
「滝沢くんから聞きました。紅子さんもゲームオーバーになってしまったんですね…」
「え、ええ…ホホ…」


紅子ちゃんと一緒に三人に詰め寄られてうろたえてしまう。な、なんか、あれ?紅子ちゃんには最初からだったけど、なんだかわたしにまで友好的な態度な気がするぞ。もしかしてみんなでゲームに挑んで一体感が生まれたせいだろうか。園子ちゃんもやれやれといったように肩をすくめている。


「秀樹くん」


こちらへ踵を返した白馬くんが諸星くんに声をかけた。さっきから三人から一歩引いたところで静観していた彼は白馬くんの呼びかけに顔を上げ、なに?と返した。それから、白馬くんが歩み寄るのをスラックスのポケットに手を入れたまま見上げていた。


「そういやあんたもなんかスゲーことしたんだって?」
「えっ?」


白馬くんたちのやりとりに耳をそばだてようと思っていたところで滝沢くんに話を振られてびっくりしてしまう。「ジャック・ザ・リッパーあんたが倒したのか?父ちゃんが言ってたけど」「あ、えっと倒したっていうか…」何と言うべきか迷って手いじりしてしまう。白馬くんと紅子ちゃんに散々非難されたのにこの期に及んで鼻に掛ける言い方はすべきじゃないとわかる。それに身投げみたいなことしたなんて、あんまり言い触らしたくもないしなあ。
あれ、というか諸星くんは見てるはずだから彼に聞いた方が早いのでは。


「そこらへん諸星に聞いても教えてくんねーんだもんな。なんかよく覚えてないとか言ってよ」
「なー。僕はっきり覚えてるぜ」


頭の後ろで手を組んだ滝沢くんと江守くんのやりとりに首をかしげる。よく覚えてない?そんなことがあるのだろうか。わたしだって、ゲーム中の記憶はまだまだ鮮明だ。特に他の人がゲームオーバーになったところなんて印象的すぎて忘れられそうもないよ。
あ、でもあのとき確か諸星くん、落ちそうでピンチだったから、わたしに気にかける余裕なかったかも。それを思い出してフォローの言葉をかけようと口を開くと、「うるせーよ」滝沢くんと江守くんの背後から諸星くんが声で割って入ってきた。白馬くんとの話は済んだのだろうか?白馬くんも何も言わず彼の後ろ姿を見ていたので、大丈夫なんだろうとは思う。


「あ、諸星くんも、ゲームクリアしてくれてありがとうね」
「……べつに」


それ俺じゃねえし。ぼそっと呟かれた声は言葉としては聞き取れなかった。「え?」聞き返そうと一歩足を踏み出したところで、後ろから歩いてきていた親御さんたちに呼ばれたため、滝沢くんたちは踵を返してしまった。


「じゃーなー!」


三人が元気よく手を振って戻って行く中、最後の一人となった諸星くんはやっぱりポケットに手を入れたまま白馬くんを見上げていた。それから目だけでわたしを一瞥したと思ったら、すぐに白馬くんに戻し「じゃあな、探くん」と言って背中を向けたのだった。


「ええ…また今度」
「……なんか諸星くん、大人しくなった?」


半ば呆気にとられた気分になる。ゲームを通して丸くなった三人に比べて彼だけやけに落ち着いて見えたのだ。ゲーム前の諸星くんだったらわたしに嫌味の一つや二つ吐いてもおかしくないはずなのに、もしかしたら、わたしがゲームオーバーになってからあった何かの影響なのかもしれないなあ。「そうですね…まあ、彼にも色々あったので」隣で彼らを見送る白馬くんを見上げる。

「おーい白馬くーん。そろそろいいかい?」離れたところから呼びかける高木刑事に振り返り、行きましょうかとわたしに笑いかける白馬くん。うん、と頷き、彼に続くように踵を返す。

何があったのかな。諸星くんを見送る白馬くんの横顔は、先ほどホールで見た、ノアズ・アークを弔った表情に似ていたのだ。


「そういえば先ほど園子さんと何を話していたんですか?」
「え?…あっ、あれね、紅子ちゃんとわたしと白馬くん、仲良いねって言ってもらったんだよ!」


突然切り出された話題に慌てて答える。本当は別のことも言われてたけど、それを白馬くん本人に伝えるのはどう考えても恥ずかしかった。ごまかしたことに気付いてない様子の白馬くんはわたしに向きながらキョトンと目を丸くしたあと、にこりと笑った。それが本当に嬉しそうで、わたしの心もほわっと温かくなる。


「なるほど。他の方からもそう思われているのは、純粋に嬉しいですね」


「ね!」迷わず頷く。白馬くんもわたしと紅子ちゃんと仲良しだって思ってくれてることが嬉しかった。
にこにこしながら白馬くんの隣を歩く。実はわたしたち、恋人だから?って聞かれたんだよって言ったら、白馬くんどんな顔するかな。それでも嬉しいって笑ってくれたら、すごく嬉しいなあ。自分でもびっくりするくらい都合のいい妄想に思わず笑ってしまい、白馬くんには首を傾げられてしまった。


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