不動くんと鬼道くんは昼休みが終わる十分前に戻ってきた。行きと同じく手提げを持って席に着こうとする不動くんに目ざとく気付いたわたしは、席を立ち一目散に詰め寄った。


「不動くんどこ行ってたの」
「どこって。ミーティングだけど?そこの教室で」


突然何だと言わんばかりに目を丸くする不動くん。やっぱりミーティングだった。予想通りちゃんとした理由だったことはほっとしたけど、それとこれとは別だ。帰宅部のわたしは部活あるあるなんて知ったこっちゃないんだよ。
とはいっても、お昼休みを四十分挟めば機嫌も治ってくるもので、今や怒る気分にはなっていなかった。ただカッコがつかないので、ふんと鼻を鳴らし腰に手を当て踏ん反り返ってやる。


「言ってよね!急にどっか行っちゃってびっくりしたよー!」
「なんでてめーにいちいち言わなきゃいけねえんだよ」
「一緒にご飯食べようと思ってたの!」
「知るか」


知らないわけないでしょうに!不動くん、わたしへの扱いが雑すぎやしないか。まったく、と一つ息をつく。物申したいことはあったけれど不動くんと喧嘩なんて絶対したくないので、これ以上文句を言うのはやめる。腰に当ててた手を降ろし、代わりに気合いを入れるため拳を握った。


「じゃっ、明日からは一緒に食べれる?」
「あー…?」


めんどくさそうに頭を掻きながら目を逸らされる。即答してくれない。じっと見つめながら思っていると、ギョロッとこちらを向いた。不動くんの緑の目。


「…五日にいっぺんくらいなら」


………。


「週一じゃん!」
「うるせえ。無駄に目立つんだよおまえといると」


「え、ええーー…?」咄嗟に頭が回らず言葉が出てこなかった。まさか断られるとは思ってなかったのだ。わたしの思い描いていた不動くんとの日常がガラガラと音を立てて崩れていく。こうもあっけなく頓挫するなんて。無意識に視線が床に落ちてしまう。握った拳もほどけていた。……え、なんで不動くん嫌がるんだろう…。


「中学とおんなじじゃん…」
「同じじゃねーよバカ。空気くらい読め」


わりと辛辣に非難され心臓が縮んでしまう。親友の不動くんとわたしが一緒にお昼ご飯を食べるのがダメなんて、どんな了見なんだ。全然理解できない。見るからにしゅんとしぼんだわたしを正面の不動くんは呆れた顔で見上げていたと思う。困ってるとかじゃない。「……」何て言おうか考えを巡らせていると、ふっと机に影がかかった。


「おまえとの仲は結構公認だぞ」


ガバッと顔を上げる。佐久間くんが机と机の間の通路に立っていた。プリントを一枚だけ手に不動くんを見下ろす彼はまるでわたしと不動くんをとりもつように二人の間で立ち止まっていた。いつの間に来てたんだろう。言われたことはすーちゃんから聞いた話のことだとわかったので、それより佐久間くんの忍者よろしく神出鬼没な登場に目を丸くしてしまう。不動くんの方はあからさまに眉間にしわを寄せたようだった。


「余計なこと言ってんじゃねーよ」


佐久間くんは見下すようにフッと笑ったあと、「すまない鬼道。おまえのプリント持ってた」と鬼道くんの席へと行ってしまった。不動くんとの間に沈黙が流れる。目を逸らしてうんざりしたように頬杖をつく不動くんをじっと見下ろす。えっと、佐久間くんの言ったことはわたしと不動くんが仲いいって噂だから…それを踏まえると……。


「…ええ?もしかして不動くん恥ずかしいの?」
「はあ?ちげーよ!」


思いっきり否定された。のに大して傷つかないや。わたしわかるぞ、図星ってやつでしょ。嬉しくてにやにやしてしまう。緩んだ口元を隠すことなく見るとむかついたのか不動くんはぎゅっとさらに顔をしかめて席を立ち上がった。


「クソッ勝手にしろ!」


そう言い捨てて教室を出て行く不動くん。今からトイレに行くんだろうか。「うん!するよ!」背中に向けて声をかける。それから、にまっと破顔した。不動くんのオーケーが出た。


「押し切ったな」
はこういうとき強いからな」


振り返ると一列挟んだ鬼道くんの席で二人がこちらを見ていた。わたしたちのやりとりを聞いていたんだろう、事情は察しているようだった。わたしはふやけた顔のまま、うんと頷いた。


「ちゃんと明日から一緒に食ってくれそうか?」
「食ってくれるよー。不動くん絶対ダメだったら許さないもん」
「なるほどな」


佐久間くんが深い納得の色を示して頷いた。うふふと後ろ手を組む。絶交までされたわたしの言うことには説得力があるだろう。この手の不動くんについてはちょっとした権威があるのだ。だって身をもって経験したもの。

もう二度と経験したくないけど。


不動くんは五限開始のチャイムが鳴る一分前に戻ってきた。表情はご機嫌でも不機嫌でもない。やっぱりお昼一緒に食べるのはオーケーだったんだ。親友と食べると目立つから恥ずかしいなんて、不動くんも可愛いとこあるんだなあ。自分の席から振り返って見ているのでにやける口元は隠す。不動くんがわたしのこと、源田くんたちとは違う、ちゃんと親友だって思ってくれてるのが嬉しくてたまらなかった。

不動くんは自分の席に座るなりポケットから携帯を取り出した。パスコードを解除するのを親指の動きで察する。そのあとしばらく親指でフリックし続け、再びポケットにしまったのだった。その間、彼は無味乾燥な、面白くもつまらなくもなさそうな顔をしていた。昨日も見た見慣れない表情に首を傾げる。

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