『あなたの自慢は何?』って聞かれたら 『親友がいること』って言う


これを見た瞬間、わあっと全身に血が行き渡ったのを感じた。ああこれだ、と思ったのだ。

山川あいじさんの、「友だちの話」という漫画のモノローグである。わたしはもうすっかり感動してしまって、これを早く伝えたいとどきどきする心臓を落ち着かせながらベッドに入ったのだった。

次の日早起きしてリビングにいると、お隣さんのドアが開く音が聞こえたので急いで家を飛び出した。予想通りそこにいた不動くんは、エナメルバッグを肩に掛けながら反対側へ歩き出したところで、わたしは昨日のどきどきが復活したみたいに心臓からせり上がってきた気持ちを彼の名前に込めた。


「不動くん!」


振り返った彼は少し驚いた様子だった。まさかこんな時間にわたしに呼び止められるとは思っていなかったのだろう。それか、連絡こそ取っていたものの会うのは春休み初めてで少し久しぶりだったから、そのことに対してなのかもしれない。しかし不動くんは髪の毛を伸ばすと言ってその通りモヒカンからどんどん遠ざかっているのに比べ、わたしはこの短い期間で何か変わっただろうか。


「なんだよ」
「これ貸そうと思って!すごくよかったから」
「あ?漫画?」
「うん!」


ふうん、と怪訝な表情でそれを受け取る不動くん。彼は同じ高校に進学する佐久間くんと源田くんと鬼道くんと一緒に、春休みからサッカー部の練習に参加しているのだそうだ。高校の決まりか何かで時間はお昼までと決まっているのだけれど、そのあとは中学の部活動に顔を出しているらしいので毎日忙しそうだった。わたしはわたしで家族旅行に出掛けたり友達と遊び呆けたり家でごろごろしたりと、割と楽しい春休みを過ごしていた。


「つーかあとでよかったじゃねえか」
「そうなんだけど、すごくよかったから早く渡したくて!あ、あとお土産のちんすこう、は家族でどうぞ。こっちは不動くんにね」


箱入りのちんすこうと、ガラス細工のパイナップルの置物がとても可愛かったのでこれは不動くんのために買った。はい、と渡すとどうもとどうでもよさげに返されたのでこれ以上引き留めるのもアレだと思い「じゃ」と手を上げた。


「ん」
「またあとでね」
「おー」


実は今日の午後から、公園でサッカーを教えてもらう約束をしているのだ。春休み最終日でやっと二人の予定が合ったのだ。荷物の多くなった不動くんを見送りながら、そういえば寝たままのジャージの格好だったことを思い出して少し恥ずかしくなった。





動きやすいショートパンツに着替えて、暑くなったら脱げるように半袖の上にパーカーを羽織った。運動神経は兼ねてより良くないし、見てて楽しくなればいいなと思ってのチャレンジだから特に気負いはしていない。携帯に「あと10分で着く」とのメールが入ったのを確認し、家を出た。


、久しぶりだな」


公園にはすでに不動くんたち帝南メンバーが揃っていて、ごめんと軽く謝ると源田くんがそう笑い掛けてくれたのだ。相変わらず人の良さが滲み出ているなあと思う。
高校での練習の様子などの雑談ののち始まった指導に慌てながらもボールを蹴った。リフティングに憧れて挑戦してみたのだけれど十分ほど練習しても一回以上出来なかったので早々に諦めた。

爪先で蹴る癖が取れた頃、おーいとの声が聞こえ振り返ると公園の入り口には辺見くんら元帝国サッカー部の人たちが集まっていた。少し時間をずらしてみんなでミニゲームをやることになっていたのだ。わたしは観戦する気満々で抜けようとしたのだけれど、辺見くんの「も入っちゃえ」という誘いに応じて混ざらせてもらった。


「いけシュートだ!」


ゴールキーパーが思いっきり上がっていたので不在だったそこに向かって蹴るとシュートは決まった。同じチームの人たちがわっと駆け寄ってハイタッチをしてくれるのがとても嬉しかった。
そのゲームが終わると誰となくチーム替えしようとの案が出され、キリが良かったのもあって体力のないわたしは休憩させてもらうことにした。すると不動くんも抜けると言ったので、二人で退場したのだった。まだ疲れている様子もないのにどうしてだろうと思ったけれど、全体の人数が偶数だったから一人抜けると自ずと誰か一人も観戦に回ることになってしまうからだと気付いた。なんか申し訳ないなあ。


「ごめんね不動くん」
「べつに」
「あ、漫画読んだ?」
「まだ。バッグん中入れっぱ」


そっか、と呟いて近くにあるブランコの柵に寄り掛かった。あれは女の子の親友二人のお話で、すごく素敵なんだよと言うと、審判の役を任され渡されたストップウォッチとホイッスルを首に掛けた彼はミニゲームの様子を眺めながらふうんと興味なさ気に相槌を打った。
違う漫画の説明をしたいわけじゃないんだ。わたし、あれを読んで君に伝えたいことができたんだよ。


「でね!」
「…なんだよ」


声のボリュームを上げるとやっとこっちを向いた不動くんに内心喜び、その勢いのまま続けた。


「わたしと親友になってください!」
「……はあ?」


不動くんはやはり怪訝な顔を作った。いきなり言われてびっくりしただろうか。しかしその本を読めばわかるはずだ、親友とはいいものだと、わたしが思った理由が。そしてわたしは、不動くんとこそ、一番の友達になりたいのだ。


「…どうぞご自由に」
「! やった!」


半ば呆れたような彼に構わず飛び跳ねた。この先も、不動くんと素敵な関係が築ける気がしてならなかったのだ。


「不動くん、高校でもよろしくね!」
「はいはい」


仕方ねえなという風な返事が変わらず不動くんらしくて、とても満たされた気持ちになった。


中学三年生 終わり

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