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(夏の魔物/スピッツ)
アパートの裏側、各部屋のベランダが見える道路にバイクを止める。ヘルメットを外したタイミングでガラッと窓を開ける音が聞こえ、見上げてみると三階のそこから、が楽しげにこちらを見下ろしていた。 「おう」 おはようの時間でもなかったため挨拶に一瞬悩んで、口をついて出たのはそんな単純な応答だった。彼女は俺と目が合うとにっこり笑い、「いま行くね」すぐに部屋に戻って行った。 年季の入ったこの建物はどう贔屓目に見てもセキュリティが万全とはいえず、こんなところに大学生の女が一人で暮らして大丈夫なのかという心配は随分前からしている。だが当の本人はまるでそうは思ってないらしく、ご近所付き合いを根拠に安全な日々を送っている、らしい。 隣のベランダには白いシーツが生ぬるい風にたなびいている。季節はもう夏だった。すぐ近くの駐車場に入っていく二輪の運転手が俺くらいの歳の男であるのを確認したところで、アパートの玄関から回ってきたが駆けてきた。「おまたせー」「いや、急かしたみたいで悪いな」約束の時間より十分ほど早く到着したのは俺だ。時間になったらインターフォンを押そうと思ってたんだが、さすがにエンジン音でばれるよな。 ふと、彼女の雰囲気がいつもと違う気がした。不思議に思い目を向けてみると原因はすぐにわかった。服装の違いだ。意識こそしていなかったが大学などで見る彼女はスカートの印象が強いようで、バイクに乗るためGパンを履いている姿は珍しかった。俺の思っていることに気が付いたのか、は肩をすくめて「Gパンすごい久しぶりに履いたよー」と笑った。 「かっこいいな」 「いえーいありがとう」 ピースをしてみせた彼女に小さく笑い、手を差し出しカバンを受け取った。代わりにヘルメットを渡すといよいよの柔らかい雰囲気は薄くなる。ああでも、笑った顔はいつも通りだからな。いいよ。 二人乗りで出掛けるのはの要望だった。平日なら道は空いているだろうとの予測の元計画されたドライブをは相当楽しみにしていたらしく、昨日のやりとりや今日の表情からそれは容易にうかがえた。「お邪魔しまーす」ヘルメットを被り、後ろの座席にまたがった彼女を気配で感じ取ってから後ろを振り向く。シールド越しのは初めてのそれを物珍しそうに触っていた。 「暑いだろうけど我慢しろよ」 「うん、全然平気」 にっこりと笑った彼女がそれから「これ腰に回していいの?」とこちらに両手を伸ばしたので、ああ、とそれに頷く。前を向くと同時に手が回ってきたので、動くなよとだけ言ってエンジンキーに手をかけた。くすりと笑う声が後ろから聞こえた。 「ちょっと前の幸男くんだったらこれだけで死んでた?」 「…どうだかな」 彼女のからかいには曖昧な返事をしておき、「んじゃ、行くぞ」レバーを握りスイッチを押した。の腕に力が入るのがわかる。すきだと気付いたのもこの季節だったな、と、ふと思い出した。 |