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(セントエルモの火/BUMP OF CHICKEN)
長い夜が終わるだろう。忍び込んでいた城を抜け出し、周囲を囲う森に身を隠す。背の高い木に登りしっかりした木の枝に着地するとようやく一息つけるようだった。頭巾の覆面を下げ大きく息を吸い、吐き出す。しかし頭の中に叩き込んだ情報まで吐き出してしまわないよう常に緊張は張っておく。書き起こすのはもっと依頼主の城に近付いてからがいいだろう。空はもう白んできていた。おそらくあと一、二時間もすれば朝日が顔を出すだろう。それまでにここから離れ、城の領土内の町に紛れ込み茶屋かどこかで巻物に書き起こし、正午までに依頼主にそれを渡す。覆面でまた口元を隠しながら頭の中で瞬時に一連の計画を立てると、慎重に素早く辺りをうかがったのち、その場を後にした。 追っ手はいないようだ。忍者隊も見た限り人数も実力も十分とは言えなかったし、警戒するほどでもなかったな。油断は禁物だとは頭の隅で意識していたが、要はその程度で足りるほどだった。 忍装束から着替え、朝早くから賑わい始める町に何食わぬ顔で紛れ込む。あらかじめ用意しておいた運び人の格好で茶屋に入り、足元に荷物を置いた。運ばれてきた緑茶と甘味を受け取ったところで早速懐から巻物を取り出し、依頼された情報をスラスラと書き記していく。ものの十分ほどで仕上がるといよいよ緊張を緩め、ふうと息を吐くことができた。あとはこれを城主に渡せば任務完了だ。予定の時間までだいぶあることだし、ここでもう少しゆっくりしていこう。そう思いながら巻物をしまおうと持ち上げたところで、手元に影が差した。 「やっぱ利吉だ」 パッと見上げると顔を覗き込むがいた。予想だにしていなかった人物の登場に一瞬反応が遅れたが、すぐに持ち直し「なんでここに」と問い掛けることができた。後ろで手を組んでいた彼女は曲げていた腰を伸ばし、笑顔のまま「利吉と同じだよ」と答える。その意味を瞬時に理解し、ああ、と顎を引く。 「でも利吉はもう終わったんだね」 「はこれからか」 「そう。でも急がないからのんびり行くの。それでここに立ち寄ったら利吉いてびっくりした」 「私も驚いたよ。まさかこんなところで会うとは思っていなかったから」 「ね、偶然」 がにこにこ笑ったまま向かいに腰掛ける。その間に巻物をしまい、紐できつく縛った。依頼主の城を考えてもが請け負った任務と競合することはないと思うが、忍者は他人、ましてや同業者に任務内容を漏らしてはならない。聞かないエチケットもあれば知られないエチケットもあるのだ。 運ばれてきたみたらし団子を頬張るを何も言わず眺める。緊張が解けた頭の中ぼんやりと、ついてたな、と思う。お互いフリーの忍者をやっているから、彼女とはどこに行けば必ず会えるというのはない。約束なんてする仲でもない。それなのにこうして顔を合わせることができたのは彼女の言う通り偶然でしかなかった。決して口にしたりはしないが、といる時間は自分の中で価値のあるものとして密かに大切にしていた。だから、会えてよかったと毎回思っている。 会話が多い方ではない二人の間に流れる空気は心地がよかった。話したいことも聞きたいこともないから、ただ時間を共有したいのだ。ふっと目を伏せる。…少し疲れが溜まっているらしい。この任務が終わったら久しぶりに実家に帰ろうか。 「利吉、仕事はどう?」 「どうって?」 「なんかしんどそう」 「……楽しいさ」 そう?目をまん丸に開いたまま首を傾げる彼女に頷いて、再び俯いた。 話したいことも聞きたいこともないけれど、ただすきだということだけは少し、言いたかった。付かず離れずの距離は傍から見たら面倒なのかもしれない、と客観的に思った。 しばらくは首だけを横に向け外を眺めていて、自分は持ち歩いていた薬草の本を読んでいた。そして二人の緑茶が冷めた頃に、おもむろに彼女が立ち上がった。「そろそろ行くね」顔を上げ、ふっと表情を緩める。 「ああ。頑張れよ」 「ありがとう。利吉はお疲れさま」 長椅子に置いていた荷物を斜め掛けに結び入り口に足を向けたところで、がふいに立ち止まった。無意識に首を傾げる。斜め後ろから見える彼女の表情は普段と変わらない。 「利吉見かけると声かけたくなっちゃうの。なんでだろう」 「……さあ」 とぼけた相槌を打つと彼女はちらりとこちらを見て、それからまたにこりと笑う。「それじゃあまたね」そう言って今度こそ茶屋を出て行ったのだった。 彼女の姿が見えなくなると同時に壁に寄り掛かった。何ももらってないはずなのに元気が出た気がした。…肝心なことを言わないのはお互いさまだ。それでも構わないと思える。 |