(駅前/東京事変)


うちの大学にモデルの人いるらしいね?小洒落たレストランでいかにも大学生といった出で立ちで、綺麗な食べ方をする友人がそう切り出した。わたしが彼女への返事を頭で組み立てていると、これまたいかにも大学生といった風な友人Bが興味津々にそうなの?と聞き返したので、頭の中の台詞を一旦解体させてもう一度組み直すことにした。


「らしいねー」


結果的にそんなかわし方をした。白々しかったかもしれない。咄嗟に向かいの彼女から目を逸らしてしまったので余計にそう思わせた。けれどこのくらいでは気にならなかったらしい友人たちは「名前なんだったかなーなんかありそうな名前だったんだけど、忘れちゃった」「えー気になる気になる。調べたら出てくるかな」なんてのん気な会話を続けてくれたので人知れず安堵の息を吐く。いかにも大学生な彼女たちは見た目こそ「いかにも」だけれど実際のところ割と緩い人柄で、入学早々いい友達を持ったと思っているのだけれど、まだ日の浅い付き合いでそこまで深い話を持ち掛ける気には到底なれなかったのでとぼける手段に出たのだった。結果上手くかわせたらしい、気が付けば話題はもう春の新ドラマに映っていて、女子大学生とはこういうものなんだろうかと少し呆気に取られた。

別れの言葉を交わし、二人とは違う路線の電車に乗る。盛り上がった話題を思い出して一人笑ってしまいそうになるのを抑え、それからふと、黄瀬くんのことを思い出した。らしいねー、どころの騒ぎじゃなく、わたしは彼を、少なくともそこらへんの学生よりもよく知っているのだ。知っているだけなのだけれど。
もしこの先友人が彼のことを突き止め、わたしの高校と同じだというところまで知ったらどうしようか。彼がここに進学したことを知らなかったとか、モデルをやっていたことを知らなかったとか適当な言い訳をしておけばいいか。実際は、同学年で黄瀬涼太がモデルをやっていることと、この大学に進学したことは、卒業までにはもはや全体に知れ渡っていたことなのでその言い訳にはかなり無理があるのだけれど、そんな内情は知らないだろうから大丈夫だと思う。彼は高校ではちょっとした有名人で、バスケがとても上手く、モデルをやるくらい整った顔立ちとスタイルだったものだから、女子生徒からの人気が特に高かった。

かくいうわたしも高校時代から彼に想いを寄せている女Jである。(十番目くらいだろうと推定する)この大学を選んだのもきっかけこそ他にあれど決め手は彼だったといっても過言ではない。高二で同じクラスになって何回か話しかけたことはあるけれど多分彼の記憶には残っていないだろう。海常からここに来た同級生は他にも男女ともに何人かいるけれど、わたしという同級生が自分の大学にいることを黄瀬くんは知らないでいると思う。

ふと見かける彼は存外楽しそうな大学生活を送っているようだった。男の人の服は女の人のよりわからないけれど、そのわたしから見てもお洒落な服を身にまとう彼は周りの男友達とは比べ物にならないくらいかっこよくて、今でもわたしの目を惹いていた。


今日も駅前で見かけたのだ。男友達二人と何か楽しげな話をしながら笑っている黄瀬くんを見つけたわたしは、人知れず緊張しながら歩を進めた。べつにどうする勇気もないから、彼の人生の謳歌を応援するだけである。黄瀬くんは向かいから歩いてくる。ちらっと彼を見た。彼の目も動く。

咄嗟に逸らして、何事もなかったようにすれ違った。……視線に気付かれた、んだろう。一瞬合った目に動揺してしまった。同じ高校に三年も通っていたら、顔くらいは覚えているかもしれない。なんか見たことある顔だなあくらいあるかも。気付いてほしくない、わけないけれど。でもやっぱり、自分から声をかける勇気はないから、わたしは陰から応援することにするのだ。黄瀬くんを見ていられるだけでわたし、結構幸せだ。だからこのままで、


さん?」


立ち止まる。振り向いた先、彼の目が確かに、わたしを捉えていた。