(群青日和/東京事変)


外から響いてくる雨音がうるさかった。部屋の中は至極無音なものだからやたら耳に障るのだ。枕に頭を沈めたまま、瞬きを一回して、考えるのに疲れたからそっと目を閉じた。そうすると聞こえるのは依然雨の音だけで、窓は締め切っているのにそうであることから天気の荒れっぷりが容易にうかがえる。雨粒はひっきりなしに窓を叩いている。やかましいけれど多分、豪雨でもなかったらこの無音に耐えられなかったから、ありがたいとも思っている。バタバタと流れるBGMはこの空気を壊してはいなかった。いいや、いっそ、壊してくれてよかったんだけれど。

目を閉じてしまっては近くにいるはずの彼の気配をまるで感じ取れなかった。もしかして本当にいなくなっているんじゃないかと思わせるほどだったけれどいざ開いて確認するとちゃんとそこにいるので、わたしは静かに安堵する。普段から不思議な空気をまとっている彼は今、ベッドに寄り掛かりながら本を読んでいるようだった。ページをめくる音すら立てないその幼なじみに、寝転がったまま口を開く。


「なに読んでるの?」
「推理小説」
「すいり…」
「借り物だ」
「ああ」


誰から借りたのか予想がついた。嗜む程度には読書をする康次郎の本棚には雑多なジャンルのそれらが並んでいる。わたしと彼の趣味は合わないのでロクにチェックしたことはなかったけれど、彼の嗜好は推理小説にも及ぶらしい。それでもやっぱりわたしの好みではなかった。わたしは言うなれば、表紙から幸せが伝わってくるような、明るい話がすきだから、合わない。胸をときめかせるような、そんな、……。じわりと視界がぼやける。頭を活字でいっぱいにしているはずの康次郎が、図ったようなタイミングで問うてくる。


「心傷は」
「……」
「癒えたのか」


どうだろうね、曖昧な返事をした。すきだった人に振られてしまった。すごくすごくすきだった。勇気を出して告白をして、頷いてくれた日には飛び跳ねてしまったくらいすきだった。でも段々態度がそっけなくなって、二ヶ月が経とうとした今日、あっけなく振られてしまったのだ。俺たち合わないと思うとか何とか、よく覚えてないけれど、そんな感じのことを言われてバイバイだった。わたしはそりゃーもう、悲しくって悲しくって、けれどその人の前では泣けなくて、どん詰まりになって、幼なじみの康次郎に泣きついたわけだ。康次郎は昔からわたしのすることに頓着しなかったから、部屋に押し掛けても表情一つ変えず通してくれて、慰めの言葉一つなくわたしを放ったらかした。そう、古橋康次郎は、良くも悪くも、わたしに頓着する様子を見せないのだ。
昔から入り浸って、パタリと行かなくなっていたこの部屋に久しぶりに来てみても代わり映えはしなかった。枕に伏せて大きく息を吸って、吐く。体がさらに沈んだ気がした。察しのいい彼はわたしの事情をわかっていて、そのくせ聞いてくるのはそんなことだけだ。それに甘えているわたしもわたしだ。「雨はわたしの代わりに泣いてるんだ」「…ああ、そう思う」馬鹿にしない、わたしに全部頷いてくれる康次郎に甘えている。そしてわたしは、どうして康次郎がこう何でも受け入れてくれるのか、その理由を知っていた。知っていてつけ込んでいる。でも多分、康次郎は、わたしが知っていることも知っているのだろう。


「康次郎はさ、」
「なんだ」
「……なんでもない」


べつに巻き込まれてほしいわけじゃないけど。うそ、一緒に困ってほしいから、わたしのことすきだって言ってよ。