「ずるい」


口をついて出た台詞は神田の眉間のしわをさらにひどくさせたようだ。

神田は来週から六番隊の隊長になるらしい。八番隊の隊首室で隊長と神田が話しているのをたまたま前の廊下で聞いてしまったわたしは、そこから出てきた彼の腕を引っ掴んで甘味処にやってきたのだった。いっそお酒でも飲んでやりたい気分だったけれど今は一応勤務中だし、この間の酒盛りで大失敗したトラウマがまだ消えていないので自粛した。
それにしても、水くさくないか。同期としてしのぎを削り合って共に成長してきたのに(さすがに盛りすぎだが)、同じ隊の仲間としてそれなりに仲良くしてきたのに、隊長になるなんてそんな一大事を教えてくれないだなんて、いくらなんでも水くさすぎる。わたしがたまたま通りかからなかったら本当に最後まで教えてくれなかったんじゃないか。思いたくはないけれどそんな気がしてしまう。
神田に言ってやりたいことはたくさんあったけれど、彼と対峙して零れたのは羨望の意だった。腕を組みわたしを睨む彼の目つきはだいたいいつもこんな感じだ。神田が穏やかな顔をしていたことなんて、わたしはほとんど見たことがなかった。


「卍解もできねえ奴が何ほざいてんだよ」
「そ、うだけど…それよりも、なんで教えてくれなかったの」
「…今日言うつもりだった」


ああおまえ、嘘つきは泥棒になってしまえよ。わかりやすく目を逸らした神田にわたしも顔をしかめる。こんな大切なこと、言ってくれなきゃわからないだろうが。隊長になんていつでも誰でもなれるわけじゃないのだ。厳しい制限のない隊士とはわけが違う。そりゃあ神田が随分前から卍解を修得していたのは知っていたし、最近隊長の椅子に空きができたのも知っていた。けれどその二つがまさか結びつくなんて、考えるわけないだろう。わたしの推察力を買い被らないでほしい。それに、それが本当だからと言ったってわたしの腹の虫はおさまらない。黙り込んで苛立ちを抑えるわたしに神田は面倒くさそうに溜め息をついた。


「べつに隊長んなったからっておまえに何かあるわけじゃねえだろ。なに怒ってんだよ」
「…だって六行っちゃうんでしょ」
「……」


何かあるわけじゃねえ、わけないだろうが。こちとら大アリだ。同期なんていくらでもいる中わたしたちがどうして今でも親しくしているかなんて理由ははっきりと明確だった。八番隊三席の座に着いている神田と、その二つ下に身を置いているわたし。同じ隊で同じ席官だからこそ、この距離が保たれていたのだ。なのに神田がここからいなくなってしまうのでは、もう毎日顔を合わせることなんてないのだろう。ああきっと、わたし、それが一番嫌なんだろうなあ。「めんどくせえなおまえ」いつの間にかに俯いていた顔を上げる。彼の眉間のしわは直っていなかった。


「おい、おまえ俺にどうしてほしいんだよ」
「え」
「隊長職蹴ってほしいのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあ何だよ。終わったことにいつまでもブサイクな面してんのかよ」
「そ、そうじゃなくて…」


今日まで言ってくれなかったことは、そりゃあ腹立つけれど神田の言うとおり終わったことでどうしようもないし、それはもういい、と思う。それでも腹の虫がおさまらないのは、だから、……。


「…週一でご飯行くって約束してくれたら許す」
「多い。月一で勘弁しろ」


神田の即答に思わず吹き出してしまう。知ってる、本当に面白い奴だなあおまえは。だから離れたくないんだよ。笑うわたしを神田は怪訝な顔で見ていたけれど、やがてふっと力を抜いたのだった。とても珍しい、神田の柔らかい表情だった。心の中で素直に感嘆し笑いが収まると、ふう、と息がつけた。機嫌もあっさり直ったらしい。


「じゃあ、あれだ、六番隊のみなさんによろしく」
「なんでてめえがよろしくすんだよ」


こんな関係がずっと続いたらいいと思うんだよ。