|
(モノクロ少年少女/福山リョウコ) いろいろな肉食動物が(擬人化した状態で)在籍している高校のお話です。主人公は身寄りのない人間で、甘い罠に引っ掛かりこの高校に入学してしまいます。人間は肉食動物的にはもろ餌で、バレると食べられてしまいます。肉食動物の彼らは黒制服を身にまとい、食欲抑制学というものを学びます。そのためのプログラムとして「ラビット」というものがあり、学校でウサギと生活することで食欲抑制の訓練にしようというものをやっています。教員とほんの一部の生徒以外は知りませんが、実はそのウサギはさきほど説明した人間で、ウサギだけ唯一白制服です。ウサギはすぐに逃げようとするので監視役が付いています。三年間ウサギが逃げずに卒業できれば監視役の生徒には特典がもらえます。人間はウサギパウダーというもので人間の耳を消しウサギの耳と尻尾をつけます。くしゃみをしたりすると簡単に消えてしまいます。 頭から生えた耳の慣れない感覚がいつまでも気になっていた。顔の横についていた人間のそれは綺麗になくなったし、代わりにある頭の上の白くて柔らかいそれは誰がどう見てもウサギの耳である。お尻には同じ動物の尻尾がついている。 よく出来たコスプレだ。嘘。本物だ。この耳がわたしの感情に呼応して動くのが証拠だ。この学校に来てからというものの大体沈んだ気持ちなので耳も大体垂れている。もちろん今も例外でない。校内を歩けど白い制服の自分はどこにいても目立ち、能天気そうな黒い制服の男女はわたしに無遠慮な視線を送る。正直ストレスでしかなかった。肉食動物の中に放り込まれた唯一の白ウサギは実は人間でした、なんてバレた暁には食われてしまうんだそうだ。いっそ逃げてしまいたいのに入学契約書がそれを許さない。垂れた長耳をいじるとくすぐったくて更に落ち込んだ。 「紅茶、飲みますか?」 成績優秀者か選ばれる生徒会の一人の観月がそう問い掛けてきた。小さく頷いたのを彼はしっかり捉えただろう。 観月はわたしの監視役だ。人間の白ウサギが三年間この学校に在籍し続けることが出来たら観月に学校側から特典が与えられるのだ。彼がわたしの面倒を見てくれるのはそれだけの理由である。おしゃれなティーカップを差し出してくる観月とわたしの間には何もなく、そのことを知った上でお互い持ちつ持たれつの関係を構築してるのだと思う。特典のために観月はわたしが必要だし、右も左もわからないわたしもここで生き延びるためには彼の助けが必要だった。 「あなたはいつも浮かない顔をしていますね」 「そうなる気持ちわかんない?」 「残念ながら。草食動物の気持ちはわかりかねます」 「…人間だし」 「知ってます」 くすくすと笑う観月は正直苦手だ。頭のいい彼がわたしを馬鹿にしているのが伝わってくる。学費も何もかも免除で寮付きの高校に入れるなんてうまい話簡単に信じるなんて馬鹿ですかと知り合って三言目くらいで言われたのは記憶に新しい。 向かいに座る観月が優美に紅茶を啜る。それに倣ってティーカップに口を近付けると甘い香りが鼻腔に広がった。いい匂いだ。反射的にすっと思いっきり吸い込むと鼻がむず痒くなった。あ、やばい。 「っくしゅん!」 ぽんっ、と音がすると同時に体に違和感が走った。ウサギの長耳が消え顔の横には人間の耳が現れ、お尻の白い尻尾も消えた。人間に戻ってしまったのだ。スッと背筋が凍る。この学園内で人間に戻るということはすなわち、 途端に部屋の外が騒がしくなる。人間の匂いがする、うまそうな匂いだ、どこからだ。能天気そうな肉食動物の奴らは、獲物を狩るときだけはギラギラと目を光らせるのだ。やばい。生徒会室は逃げ場がない。 「っあなたという人は!」 取り乱した声と共に肩付近を叩かれた。すると再びウサギの耳と尻尾が現れるので、つくづく不思議だなあと思う。ほっとしたから、とても他人事のように。自分でこれを狙っているというのに、毎回ひやひやする。 「ウサギパウダー、持ち歩きなさいと言っているでしょう」 「忘れた」 「はあ……あなた、防衛本能というものがないんですか」 「ある。死にたくない。食べられて死ぬとか絶対いや」 「なら、」 「でもわたしがこんなダメな奴なら観月が苦労するでしょ」 ぴくりと観月の眉が上がる。意図が伝わっただろうか。くしゃみ一つで人間に戻ってしまうそんな綱渡りの日常で、わたしが命に関わるほど大切なウサギパウダーを持たないでいるのは単におまえの手を煩わせたいからだ。わたしがおとなしく三年間逃げずに過ごしてしまったらわたしだけが損をして観月は楽に美味しいご褒美を貰えてしまうのだ。そんなの不公平すぎる。誰でもいいんだよ。だから観月を一緒に不幸にしてやりたいと思った。 「…はここにいることが嫌なことでしかないと決め付けるんですね」 「それ以外にあるとは思えないんだよ」 「だから僕に嫌なことをさせるんですか」 「うん。せいぜいわたしのせいで疲れてしまえばいいよ」 はあ、とまた溜め息を吐いた観月に吐きたいのはこっちだと言う。すると彼は呆れながらもわたしを見下ろして口を開いた。「言っておきますけど学校から貰える特典が欲しいとはそれほど思っていませんよ」少し意外だったその発言に続けて、ただ自分が任されたことだから監視役を務めているだけです、と。ソファの前に立っていた彼がぐっと腰を曲げる。優しく肩に手を置かれた。 「僕が食べてしまってもいいんですよ?」 耳元で囁かれ、驚いて反射的にバッと突き放したのに観月は余裕の表情を浮かべて笑っていた。……忘れていた、ような気がする。 頭から覗く黒い耳は黒ヒョウのもの、彼も歴とした肉食動物なのだと。 |