(八潮と三雲/草川為)
命が九つある猫を九生の猫といい、彼らには猫社会というものがあります。エリアごとに取り仕切るボスがおり、九生の猫は死ぬたびにボスに報告しなければなりません。彼らは死ぬと残りの命数が入った名前に変わるので(例:九曜→八潮)、その名前が実際のものと食い違うと化け猫になってしまうのでボスへの報告は絶対です。しかし名前の更新を怠る者がいるので、それを催促しに行く役職が「取り立て屋」です。基本的に二人一組で行動します。ちなみに人間社会では猫で、猫社会では人型です。
(名前に命数が入っているという設定はパロディでは割愛させていただきました。すみません)





名簿に押された手形を確認し、ファイルをパタンと閉じた。これで更新完了である。今日は朝からいつもよりたくさんの案件を任されていたけれど、どの滞納者も更新をすぐに了承してくれたので特に手間取るということはなかった。ファイルを大事に抱え、ふうと安堵の息を吐いた。


「いつもこれくらい簡単だといいんだけどね」


隣にいた花宮くんに話し掛けたつもりだったのだが、彼は華麗に無視してみせコートをひらりと翻し、さっさと退散してしまうようだった。慌てて追い掛ける。

わたしたちは九生の猫社会の取り立て屋である。猫社会はエリアごとにボスの統治が敷かれており、死ぬたびにその報告をボスにしなければならないのが決まりなのだが、それを怠る者がいるので催促に行くのが仕事である。霧崎エリアに何人かいる取り立て屋の中でも花宮くんはかなり優秀で今まではほとんど一人で仕事をこなしていたのだけれど、訳あって今はわたしと相棒を組んでいる。人間社会で野良だった頃から彼をよく知っているわたしは半ば追い掛ける形で霧崎エリアに来たのだが、まさか取り立て屋に引っこ抜かれるとは思っていなかったなあ。今日こそ残り二つの命となった老人がぎっくり腰で報告に行けなかったという理由だったため取り立てに来たわたしたちの催促にすぐに応じてくれたけれど、よくある案件はこんなぬるいものではなく、色々な理由で更新を断られるとあの手この手を使って粘らなければならなかったり、報告を怠った者が化け猫になってしまいそれを鎮める危険な事態に遭遇したりするので、取り立て屋の仕事はなかなかにハードなのである。へっぴり腰でトロいわたしにはどう考えても不向きなのだが、どうして花宮くんはわたしを取り立て屋の相棒として置いておくのだろうか。


「ねえ花宮くん」
「…あ?」
「前から気になってたんだけど、どうしてわたしを相棒にしようと思ったの?どう考えてもわたし、化け猫退治とか向いてないのに」
「んなもん最初からわかってた。…ただな」


ピタリと止まり、じっとわたしを見下ろしてくる花宮くんにたじろぐ。しかめられた表情は真摯にも見えた。どきどきと心臓が脈打つ。もしかして、と期待してしまう。もしかして花宮くんは、わたしの何かを認めたから相棒にしようと思ったのではないかと、


「面倒くせえ事務仕事やらせる奴が欲しかったんだよ」
「………へ、」
「ふはっ。間抜け面」
「えっそ、それだけ?」
「鈍くせェてめえに他にどんな存在価値があんだよ。言えるもんなら言ってみろよオラ、あ?」
「………」
「つーか勘違いしてんじゃねえよ、バァカ。俺がいつてめえを相棒認定した。いいとこパシリだわ」


一方的にまくし立てられ、言葉の勢いに押され後ずさった。言い返す台詞は思い浮かばず、きっと彼の言うとおりなのだろうと、盛り上がっていた気分はあっさり沈んだ。「なんだあ…」がっくり項垂れると立ち止まっていた花宮くんは一人歩き出してしまうので、また慌てて追い掛けるしかなかった。野良の時代からこんな調子を繰り返している気がするなあと今更思った。


「てめえはせいぜい俺のために働くんだな」


わたしに拒否権はないし、多分できても拒否しないと思う。従順なパシリにはなりたくないので無視してやった。するとこちらを少しだけ向いて鼻で笑われたので、きっとこの反抗心も彼にはバレているのだろうと思った。