何が悲しくて折角の部活の連休を帰省に充てなきゃなんねーのかわからなかったが事実俺は昨日のうちに東京の実家に帰ってきて久々の自室で一晩を過ごした。部活が終わってそのまま来たから帰って即行寝てその日は終了した。そろそろ癖がついてきた起床時間に目が覚め、やはり久々の天井に特に感慨もなく起き上がりがしがしと頭を掻く。休みなんだからもっと寝られるが、残念ながらそうもいかない休日だった。


「あ゛ー…」


朝からうんざりした気分になる。律儀に約束を守ってる自分に嫌気が差した。





「あ、祥吾くんおはよー」


ドアを開けるとコンクリート塀の死角からひょっこり顔を覗かせたにおーと最小限の労力で返し、道路に出てそのまま足を止めずに左方向へ曲がるとはそれに付いてくる。俺の右隣に並んだので、適当に腕を引いて反対側に来させる。俺の右をチャリが通ったのを見て意図を察したらしいはハッとして、途端に肩をすくめたようだった。


「へへ…祥吾くんに女の子扱いされるの未だになれないなー」
「そーかいそーかい」


どうやらこんなことで照れたらしい。相変わらずガキっぽいなこいつ。服装もだけど言動もやっぱ成長してねえ。まあ小三の頃よりは女っぽくなったのか?ぶっちゃけ向こうで目につく女はの比じゃない見た目なもんで、こいつが霞んで見えるわけだ。悪気はねえよ、事実述べてんの。それが客観的に見て明らかなもんだから、俺は自分に呆れ返ってるわけだ。


福田総合のバスケ部が春休みにわざわざ連休を設けるのは遠方からスカウトされてきた選手が多いからって理由だ。その該当者に俺も含まれてるものの当初の予定では特に理由もないから帰省するつもりはなかったのだが、こいつに聞かれたから答えたところ「帰ってきてよ!」とゴリ押しされてしまった。ダリィだろと返したもののいいじゃんいいじゃんと聞かず、仕方なく俺が折れたのだ。そう、この俺が。
何をするのかと思えば映画を見に行きたいとのことで、んなことのために帰ると思ってんのかと思えば前になんとなく話に出たタイトルを持ち出され、こっちの近くじゃ放映されてないってことも把握済みらしくそれならと渋々了承したのだった。一週間前の電話でのやりとりを思い出しながら、歩き慣れた道を進んでいき、ある地点で左に曲がる。


「お、こっち行くんだ」
「たりめーだろ」


どうやらも覚えてるらしい。駅までの究極の近道は小三のとき見つけたのがあるが、デカくなったこの身体じゃ色々不都合が多いから考えるまでもなく却下した。の方もそのカッコじゃ無理だろ。あれは垣根くぐり抜けて高い塀を登ってくコースだ。そんなスカートじゃ動きにくいのなんのって。前は半ズボンとかキュロットとかばっかだったけどな、と思ってふと気付く。スカートは中学時代制服でよく見てたし、そういや高校に入ってから会った私服も全部それだった気がする。それに気付いたところでって感じだけど。こんな微妙な変化しかないのだ、こいつは。


駅は平日でこそあるものの春休みということもありそれなりに人で賑わっていた。その中で目立つ髪色を捉え、名前を記憶の中で掘り当てたのとほとんど同時に、の甲高い声が叫んだ。


「さつきちゃん!」


その声にそいつと俺が振り返ったと思う。そうあのピンクの長い髪はサツキで間違いない。その証拠に、目を輝かせてそいつを見るの表情は心底嬉しそうだった。ンだよこいつ、俺と会ったときよりも喜んでねーか。自然と白けた目をしてしまったことに気付いてすぐさま我に返った。


ちゃん!ショウゴくん、帰ってきてたんだね」
「おー…」
「さつきちゃんもお出かけ?」
「うん!ほら、みっちゃんたちと久しぶりに会うの」
「おー、あっちゃんも?」
「そうそう!」


みっちゃんとかあっちゃんとか知らねーしマジどうでもいいんだけど。あからさまにそういう顔をしたのが伝わったらしくに「中学のマネージャーの子だよ」と腕を軽く叩かれ、そういやそんな奴らいたかもなあと特に思い出す気もなく適当に返事をしておいた。あのクソみてえな部活にもマネージャーは何人かいた気はするが俺の目に留まったのはサツキくらいだったし他は顔も覚えていなかった。ほら、美人でも可愛くもねえ奴は覚えらんねんだよ。だからおまえは何なんだって思う。なんでおまえなんかに絆されてんだって。(……)マネージャーのことなんざとっくに頭になく、俺はうっすらと、中二のとある帰り道を思い出していた。


「…ちゃん、時間ある?」
「え?えっと…祥吾くんいい?」
「あ?おーすきにしろ」


べつにどうでもいーわ。どうせこんな朝っぱらから急がなくたって映画は観れんだろ。サツキは俺とをきょろきょろ交互に見たあと、何かを決心したように眉に力を入れた。


「じゃあ、ちょっと作戦会議!」


どーぞ。と思ったらサツキがこっちに駆け寄ってきた。俺かよ。ポカンと空けた口の間抜けヅラを尻目に、俺は手招きするサツキに溜め息を一つ吐き、おとなしく付いて行ったのだった。


ちゃんのことなんだけどね、」


少し距離ができたところで立ち止まる。何となく予想はできてたが話題はらしい。アレか?仲良くしてるけど実は嫌いなの〜…的な?それはウケる。「本人気付いてなくて祥吾くんも知らないだろうから言うんだけど、」ハイハイ。


ちゃん、男の子に狙われてるんだ」


「…は?」まったく予想外のカミングアウトに言葉が出てこなかった。それからサツキが一人でしゃべったことによると、は隣のクラスの男に好意を持たれているらしい。どうやらそいつも最初はサツキ目当てで何かと絡んできていた(こういうとこちゃんと自覚してんのがこの女の賢いたる所以だろう)のだが、年明け辺りから乗り換えたのかにアプローチを仕掛けるようになったんだそうだ。も他校に彼氏がいるとは特に言いふらしてないらしくその男も知らないという。サツキがそれとなく一度話題に出したことがあるが、空気の読めないが照れて適当にごまかしてしまったので男の方は信じていない様子らしい。現に三月まで男が諦めた気配はないという。…いや、何やってんだあいつ。申し訳なさそうに説明し終えたサツキはそれから、「だから、」と顔を上げた。


「ちゃんと掴んでおかなきゃ取られちゃうよ。…ショウゴくんならわかるでしょ?」
「…へいへい。わかりましたよ」
「あれ、聞き分けいいね?」
「……」


馬鹿にしてんのかてめえは。思ったが口にするのは少しばかり億劫だった。さっさと話を終わらせよう。クソくだらねー相談事だったぜ。頭を掻きながら、はあとまた一つ溜め息をつく。


「あいつが誰より信頼寄せてるサツキだからだっつの」


いちいち疑うまでもねえ。とサツキの仲良しごっこはいい加減耳にタコだった。何回おまえの名前を電話で聞いたと思ってやがる。それから脳裏に浮かぶのはあの日の帰り道だ。あいつが泣いた理由のすべてがおまえだったんだよ。サツキこそ知らねーだろ。しかめた顔のまま見下ろしてると、きょとんと目を丸くしたサツキが途端に破顔した。


「ふふっ」
「あ?」
「ううん、大前提に、ショウゴくんがちゃんをすきってことがあるんだなと思うとね」


「これなら心配なさそう」嬉しそうに笑うサツキに胡散臭そうなモンを見る眼差しをくれてやるも気付かないふりをされ、そいつはの元に戻って行った。舌打ちを一つしてそっちを見るとどうやらはぼっちじゃなかったらしく、知らねえ女子二人と何やら盛り上がっているようだった。あれがあっちゃんだか誰かかもしんねーな。思ったが案の定顔を見ても思い出せなかった。
戻ってきた俺たちには緊張した表情を見せたが、安心させるようにサツキに背中を叩かれこちらに押し出されては文句は言えなかったのか、何か言いたげなは結局黙り俺と並んで駅を離れるサツキたちを見送ったのだった。後ろ姿が十分遠くなってから俺を見上げる顔は相変わらず不安げだったが。


「ねえ、何の話してたの…?」
「さーな。教えね」


舌をべっと出して流し、改札へ踵を返す。サツキは大丈夫っつったが根本的な解決には至ってねえだろ。要はこいつが自覚してその男に断りを入れなきゃいけねえ。が慌てたように後ろから付いてきてるのがわかる。
ごく自然と、こいつが俺の彼女であり続けることを自分が受け入れてることに気付いて頭を掻きむしりたくなる。無駄に調子狂うからめんどくせーな。あんま執着したくねーんだよ、こっちは。「ねえ祥吾くん、」「うっせーな」俺はおまえじゃねえ。すぐに恋愛に入れ込む馬鹿なおまえじゃねえんだよ。


「てめえは俺に心砕いときゃいいんだよ」


こういうことを考えるたび思い出すのはが泣きついてきた中二の帰り道だ。サツキにすきな奴ができたって泣きじゃくるこいつを、恋愛に入れ込むを見て、サツキがうらやましいと、そう、


がほしいと、思ったのだ。


「そ、それは言われなくても…」


照れたのか頬を染めるを見下ろして、あの日の願望が叶っている現実を実感する。自覚する。

…あーもういい、黙れ。ミイラ取りがミイラになっちまいそうで嫌だ。