タカ丸は将来美容師になるというはっきりした目標があって、わたしはそういうとこすごくいいなあと思っている。カスで駄目人間のわたしはそんな立派なこと考えてなくていい大学入っとけばいいとこ就けるっしょ〜とか楽観視してるカス女だからときどきそういう一面を認識すると普段は馬鹿で天然なタカ丸をすごく崇めたくなる。そいで、ちょっと、自慢したくなる。(わたしの友達将来美容師になるって夢があるんだよすごいでしょ!)でも夢があるのが普通かもしれないからまだ誰にも言ってない。
お父さんの幸隆さんも人気美容師で息子がそうなることを願ってるらしく美容師の修業のせいで出席日数不足で二回も留年をやらかしたタカ丸に特に何もお咎めなしだったそうだ。でもタカ丸も、この学年が一番楽しいと言って今年はちゃんと学校に来てるからわたしたちと一緒に卒業できそうだ。


「綾部は将来何になるの?」
「決めてない」
「工事現場のおじさんとか?」
「決めてないって言ってるじゃん」
「ごめんごめん」


隣を歩く扱いづらい綾部は表情が読み取れないポーカーフェイスの達人というかいつもぼけーっとしてるからよくわからない。たぶん今も怒ってはいないと思う。持て余してる手を見てみると円盤を持ってたせいで汚れてて嫌だなあと思う。第一グランドに着くと一番に棒高跳びをやってる三木が見えて素人のわたしから見たら華麗にバーを飛び越えてて「三木すごいねー」と漏らすと綾部は「ねー」といつもどおりの調子で返してくれるからやっぱり怒ってないなと思う。


「あ、いたいた。金髪目立つなー」
「タカ丸さーん」


トラックではバトン渡しの練習をC組がやっててその中にいるタカ丸に近寄った。おわかりかと思うがこの時間は一ヶ月後に控えた校内陸上競技大会へ向けてのABC組合同の体育の授業である。わたしと綾部は円盤投げで第二グランドで適当に投げていたのだけど綾部が突然「極めた」と呟いて円盤をやめにしてわたしに一緒に第一グランドを見に行こうと言い出したのだ。元より大会に何も力が入っていなかったわたしも二つ返事で円盤を置いてここに来たというわけである。わたしたちに気付いたタカ丸もこちらに駆け寄ってきて、わたしたちはトラックの外でお話しを始めた。


「どうしたの?」
「三人の様子を見に来た。どおリレー」
「難しいよー。インターバルでもらえないんだよね」
「へー後ろに下がればいいんじゃないの?」
「うーん下がってるんだけど」
「あら」
「タカ丸さんて意外に足速いですよね」


まったくだ。わたしは深く頷く。馬鹿で天然で文化系っていうかインドア派っぽいのにタカ丸は足が速いのだ。美容師になるって言って日夜修業に励んで運動なんてしてないだろうに、たぶんポテンシャルだよね、すごいなあ。こういうときにタカ丸を崇めたくなるのだ。わたしと綾部が褒めると照れたように「そんなことないんだけどなあ」と笑うタカ丸は、見た目チャラいけどふにゃりふにゃりって擬音語が似合う奴で、頭を掻くところも穏和な性格を表しているなあと思う。


「タカ丸さん何走目ですか?」
「アンカーだよ」
「すご」
「でも一緒に走るのが滝夜叉丸くんだからさー」
「あー滝もアンカーなんだ!すごい豪華だね!」
「滝夜叉丸くん速いからやだなあ」
「だよねー」


滝は世間では自惚れ屋でとしか有名じゃないのだけど、それよりも注目すべきなのは彼の文武両道っぷりだと常日頃からわたしは思っている。成績はいつも学年トップだし体育の授業でも種目に関わらず全部できるのだ。例えばバスケ部がバスケ以外のことは運動神経で賄って並にこなすのに滝はどれでも現役部員レベルのことができる。それを鼻にかけてしまうから疎まれるのに半ば事実だからどうとも言えない。でも、わたしは滝はすごい奴だと本気で思ってる。綾部は結構滝夜叉丸カスとか言ってるけど実際すごいことは認めてるんじゃないかなあ。ていうかわたしとタカ丸が滝夜叉丸信者なのだ。
じゃあ次は滝のとこ行こと綾部が袖の裾を引っ張るのでそろそろお暇することにする。丁度よくC組のリレメンも通して走ってみるようだ。


「それじゃあお昼休みね」
「うん、頑張ってね!」
「頑張っていいの?」


あ、そうか。一応敵クラスだものね。


「タカ丸だけは頑張って!」


「うん」、ふにゃりと笑ったタカ丸が、三時限目の太陽に照らされて眩しいと思った。やっぱりタカ丸すきだなあ。