隣の席の山田利吉くんはキリッとした顔でクラスではもちろん学年でも一番かっこいいのではないかと度々女子の間で議論になるスーパーいけめんくんである。見てくれだけでなく性格もよく、いつも心に余裕があるのか大抵のことはさらりと受け流す。高等学校第二学年という枠を越えて上下にはびこる山田利吉ファンの正確な数は、誰も把握していないが女子生徒総なめという噂もあるくらい多い。そもそもファンクラブの類ではなく利吉くんかっこいい素敵!と思った人なら誰でも名乗れる利吉ファン。つまりわたしも密かに山田利吉くんかっこいい素敵!と心の中で思っていれば利吉ファンなのだ。そして利吉くんかっこよくないまじカス!と思った瞬間にやめられる、とてもお手軽なものである。だから正確な数を知りたければ常に女子全員に利吉くんファンですか?と聞いて回っていないといけないし、そもそもわたしは知りたいというわけではない。
何が言いたいのかというと、隣の席の山田くんはとてもかっこよくてとてももてるということだ。それにしても隣の席の山田くんって。


「まるでとなりのせきのますだくん…」
「ああ、こっからでたらぶつからなってやつ?」
「さすがとなりのせきのやまだくん。ランドセルは赤だった?」
「いいや黒だったな。さんこそ黒だった?」
「ごめんただの赤だったよ」
「絵本どおりにはいかないものだね」
「そうだねますだくん」
「山田ね」


山田利吉くんはノリがいい。田舎から引っ越してきたらしい彼は小学校の先生を父に持つ。となりのせきのますだくんを知っていたのはその影響だろうか。いや小学校に絵本はないか。いやあるか。図書室にあった。いつもは二冊ずつしか借りられないのに夏休みになると三冊まで借りられる。読書感想文を書くことを考慮しないといけないから慎重に考えるけど早くしないと取られてしまう。わかったさんシリーズよく借りてたなあ。きっと山田利吉くんの学校にはそこにますだくんシリーズも置いてあったことだろう。わたしは家にあったけど。


「ていうか急に苗字で呼ばれると驚くな」
「いつも山田利吉くんって言ってるじゃん」
「そうさんなんでフルネームで呼ぶんだい?」


だってそれは恥ずかしいからだ。周りの子はみんな利吉くんとか利吉とか呼んでるけどその波には乗れなかった。そのありきたりな苗字である山田が学年に五人いるからといって気軽に名前呼びができるはずがない。席が隣になるまでそんなに話したこともなかったのに。


「そりゃあわたしも他の子みたく名前で呼びたいけど」
「あ、そうなの?呼べばいいじゃないか」


山田利吉くんは大らかだ。きっと他の山田くんは劣等感を抱いてしまうに違いない。でも他の山田くんたちもそれぞれ長所があるから大丈夫だろう。運動神経よかったり秀才だったり性格よかったり。まあスポーツ万能で天才で性格神なのが山田利吉くんだけど。「ありがとう」「いいや。…さん」「なに?」山田利吉くんの吊り目がわたしを映す。すぐには名前に移行できない気がするなあ。軽く見とれてぼんやりしてると彼は首を傾げた。


「もし君を名前で呼んだらどうなる?」
「え、やめてくださいまじで」
「どうして」
「女子から叩かれる。あなた女子誰も名前で呼んでないじゃん」
「まあ。あれもしかして脈なしかい?」
「…山田利吉さん、どこでそんな言葉覚えてきたんですか」


おおよそいけめんのモテ男には縁遠い言葉だ。そんなの知らなくても君は人生に困ることはないだろうに。呆れたわたしの台詞には返さず彼は「そうだ」と一度瞬きをした。


「ますだくんってあの女の子のことすきなんだよね」


「丁度一緒だ」……え、ちょ、…は?一瞬にして理解という名の妄想をしてしまって照れかけたけど、ただからかわれてるのかと思い直し意味不明な発言をする山田利吉くんに対抗すべく自分と彼の机の間に勢いよく腕を置いた。


「こ、ここから出たらぶつから」


言ってやると、くはっと笑われた。「ますださんだ。怖い怖い」怖いのはあなたの方だ。となりのせきのやまだくん侮りがたし。
本気なんだけどなあとか言ってる彼は華麗に無視してやろうと思う。