ep.1

「ほら、手繋いでてやるから。せっかく遊園地なんて慣れねえとこ来たんだから楽しまなきゃ損だろ」
嫌だったおばけ屋敷への挑戦を決心した決め手は、花宮くんのそんな一言だった。


お母さんから招待券をもらったわたしたちは少し離れた場所にある遊園地に来ていた。他の部活動との兼ね合いでバスケ部が一日お休みになる日に合わせて日にちを決め、お昼前に到着できるよう待ち合わせた。
冬に向かう季節の屋外は過ごしやすいとは言いがたく、マフラーとコートの防寒は必須だ。しっかり着込んで家を出ると、花宮くんも普段着の上に同じ装備をして、むすっとした顔で出てきた。付き合い始めて初めてのお出かけなのにちっとも楽しくなさそうだ。わたしはだいぶ、浮かれてるんだけど。思いながら、コートのポケットに入れた花宮くんの両手を横目にマフラーに口元をうずめた。

ここの遊園地は家族や友達とも来たことがある馴染みのある施設だ。小さい頃、花宮くん家とわたしの家で一緒に行ったこともある。その頃から外観が変わったりアトラクションに入れ替えがあったりしたけれど、だいたいの位置は頭に入ってる。
チケットと入場パスを引き換え、園内に入ると自然とテンションが上がってきた。興奮を隠さず花宮くんを見上げる。


「はな…」
「ここ行こうぜ」


「えっ」声をかけるより先に最初の行き先を提示されてしまった。入場パスと一緒にもらった三つ折りの園内マップを広げる彼はわたしに見えるようにそれを少し下げた。花宮くん今日のこと全然乗り気じゃなさそうだったから意外だ。思いながら、指先を覗き込む。……お化け屋敷。


「やだ!」
「やだじゃねえよ。行くぞ」


聞く耳持たずの花宮くんはスタスタと歩いて行ってしまう。「花宮くん!やだよ!」言いながら、止まる気配のない彼を慌てて追いかける。わたしがついてかなくても一人で行ってしまいそうだったのだ。まさか遊園地で別行動なんて嫌すぎるので、ついていく他なかった。

お化け屋敷は子どもの頃、一度だけ入ったことがある。一緒に入った花宮くんとうっかりはぐれてしまい、以来トラウマになったわたしは、そこへ近づくことさえ怖くなってしまった。
だから約十年ぶりに訪れたことになるのだけど、どうやらここもリニューアルされたらしく、外観もストーリーも見覚えがないものに変わっていた。とはいえ、前のことはほとんど覚えてないのだけど。

呪われた廃病院という設定らしく、外観もそれっぽく造られている。他のアトラクションのスタッフと同じジャンパーを着た受付の人がおどろおどろしい廃病院の背景を背負っていてミスマッチだった。時期柄他のアトラクションと比べてお客さんの影は少ない。すぐに入れてしまいそうだ。気温とは別にぶるぶると身震いしてしまう。胸の前で両手を握りこむ。


「花宮くん、本当に嫌だ…」
「んなビビるほどじゃねえだろ。いちいち大げさなんだよ」


せせら笑う花宮くんがわたしの手を引っ掴む。抵抗も虚しく連行され、受付を済ませて案内された院内の通路では調査員を名乗るそれっぽい男の人が待っており、ストーリーの導入として映像を見せられた。
砂嵐ののち映った人物は昔ここで働いていたナースらしく、音声を変え、ところどころ切れる映像の中、ここには何かがいる、気をつけてくださいと念を押していた。
この時点で限界だった。顔から血の気が引いていることを自覚しながら、調査員の人に見送られ先を進む花宮くんについて行く。ほんとに入らないといけないのか、こればっかりは、花宮くん一人で入った方がいいんじゃ……。ぐるぐる巡る思考回路。扉を前に立ち止まった花宮くんが振り返る。呆れたように目を細める。「ほ、ほんとに怖い…無理…」必死に懇願すると彼は小さく笑顔を浮かべた。


「ほら、手繋いでてやるから。せっかく遊園地なんて慣れねえとこ来たんだから楽しまなきゃ損だろ」


そう言って、わたしの右手を包み込むように握った。さっきまでと違う、優しい手つきだった。それはもう、恐怖心がほわっと融解するほどに。この手さえあれば、わたしは何にも怖くないと思わせるほどに。「……悪かったな、無理に連れてきて」「え、」おもむろに花宮くんが顔を伏せる。


「新しくなったここがどんなもんかずっと気になっててな。他の奴らはともかく、なら付き合ってくれると思ったんだが」


「でもそんなに怯えるくらいなら、入らない方がマシだな。今からでもリタイヤするか…」そう言って踵を返した花宮くん。繋いだ手を後ろに引っ張られ、「まっ、待って!」とっさに引き止めた。


「…なんだよ?」
「だ、大丈夫…!怖いけど、花宮くんがいるなら、頑張れるよ!」
「本当か?無理すんな」
「むり、してない!行こう!」


今度はわたしが引っ張る。すごく怖いし足もガクガクだけど、花宮くんがそんなに行きたがっていて、わたしならって思ってくれたなら応えたい。大丈夫、一人じゃない、花宮くんがいるんだ。


「…ありがとな」


花宮くんの嬉しそうな声に頷く。通路の灯りは遠く遠くの蛍光灯しかなくて彼の顔はよく見えなかったけれど、頑張ろうと思えた。

ドアの向こうは通路より暗く、照明はほぼないに等しかった。外観よりもおどろおどろしくて、いかにも何かが潜んでそうだ。花宮くんの手を離さないよう両手で握りしめ、顔を真下に向けることで視界を地面で埋めた。最低限以下の明かりの中、花宮くんの迷いない足取りに引っ張られるがまま、周囲にいるであろう何者かの呻き声や物音にびくびくしながら進んでいく。一方花宮くんは、時折一瞬足を止めることはあったけれど、動揺はほとんど伝わってこず、その余裕が少しだけ安心させた。

どこまで続くんだろうと思っていた頃、花宮くんが完全に立ち止まった。「ここか」おそるおそる顔を上げると、どうやらドアを見つけたようだった。わたしが握ってない花宮くんの右手には大きな鍵があった。よく見えないけれど、頭が輪っかになってるよく見るデフォルメされた鍵の形をしている。いつの間に手に入れてたんだろう。


。手ェ離せ」
「えっ」
「両手使わねえと開けらんねえんだよ」
「わ、わかった…」
「あと耳ふさいどけ。いかにも開けた瞬間驚かせてきそうだからな」
「うん…」


言われるがまま、ゆっくりと手を離す。手持ち無沙汰になった両手で耳を塞ぎ、俯いて目を瞑る。すぐにドアノブのあたりでガコンと解錠される音が聞こえ、ドアが開いたようだった。同時に、女の人の悲痛な悲鳴が響く。ビクッと肩が跳ねる。花宮くんの言った通り、だ。耳を塞いで目を瞑ってたおかげでダイレクトに受けることは免れた。
それからかすかに、パタンとドアの閉まる音が聞こえた。同時に悲鳴もほとんど聞こえなくなる。


「……花宮くん?」


しばらくして、完全に悲鳴が聞こえなくなったところで口を開いた。目を瞑ったまま、声に出す。……返事がない。

スッと背筋が凍る。急激に心臓が嫌な脈を打ちだす。花宮くん、花宮くん。知らんぷりしてるだけ?もしかして、いない?さっきから流れている恐怖を煽る不吉なBGMが、手をすり抜けて鼓膜に響いてくるようだった。目の前にいるはずの花宮くんの気配がわからない。怖くて目を開けられない。目を開けたら何かがいる気がしてならない。もしかしたらさっきの悲鳴をあげた女の人が立ってるかもしれない。長いボサボサの黒髪の間から、ギョロッと覗く血走った目玉を想像して震え上がる。


「……!」


背後から誰かが迫る錯覚を覚えとっさにしゃがみ込んだ。勝手にびくびくしてるだけなのか、ここに来るまで何度も聞いた呻き声や布擦れの音は聞こえてこない。なのに全身を視線で舐めあげられている感覚が拭えない。バクバクと心臓の音ばかりが響く。怖い。怖くてたまらない。


「花宮くん……」


花宮くんとはぐれてしまった。呼んでも誰も応えてくれない。一人だ。こんなところで一人になってしまった。いよいよ恐怖心が頂点に達し、鼻の奥がツンと痛んだ。じわっと涙が滲み出す。ゆっくりと目を開くと、滲む視界の中、さっきまで見ていた薄暗い地面が見えた。けれどそれ以上頭も足も動かない。少しでも動いたら、幽霊が襲いかかってきそうで。

このまま、動けないままずっとここにいることになるんじゃないか、と絶望に襲われた次の瞬間、目の前のドアが開いた。


「いやーーっ!」
「またうずくまってんのかよ」


ハッと息を飲む。くぐもって聞き取りづらかったけど、人の声が聞こえた。顔を上げようと思うも、すっかり恐怖が骨の髄まで染み込んでしまって身体が言うことを聞かない。今の、花宮くんの声だと、思ったけど、でももし知らない人だったら…。


「おい」
「は、はなみやくん…?」
「他に誰がいんだよ。ほんと手のかかる奴だな」


依然しゃがんで丸くなるわたしの前にしゃがみ込む。まだぼやける視界にうっすらと影が見える。「動けねえのか」呆れた声。頷くと、拍子にポロッと涙がこぼれた。


「……は」


笑う声が聞こえた気がしたけど、気のせいだろうか。
考える間もなく、耳を塞いでいた両手に花宮くんのそれが重なった。「もう大丈夫だ。あと少し、一緒にゴールしようぜ」優しい声と共に、ゆっくりと耳から手が離される。顔を上げると、暗がりに慣れた目が呆れ顔の花宮くんを映した。両手とも掴んだまま立ち上がるので、つられて膝を伸ばす。


「行くぞ」
「うん……花宮くん、迎えにきてくれてありがとう…」
「どういたしまして」


花宮くんに連れられるまま、ドアを通って歩いていく。彼の言う通り残りの道のりはほんの少しで、出口のドアにはすぐについた。次は片手で開けられるらしく、さっきと同じ鍵を鍵穴に差し込むとガコンと音がし、その手でドアを開けた。
出口は外につながっていた。陽気なスタッフジャンパーを着た女の人が待っていて、わたしたちを迎えて労うと同時に、泣きべそをかくわたしを案じてくれた。「大丈夫ですか?」「はい、大丈夫です」花宮くんが鍵を渡しながら人のいい笑顔で答える。ゴールした途端離された手でわたしの頭を撫でながら、怖かったな、と慰めた。人の目があるときの花宮くんの態度だ。その証拠に、彼女から距離を取った途端一オクターブくらい低い声音で「あそこのベンチ行くぞ」と後頭部を押しやった。

そっけないけど優しいからよかった。言った通りベンチに座って休憩する。じわじわと涙はまだ止まらず、さっきの恐怖心を思い出すとさらに波が来た。ポロポロ泣くわたしを隣で見下ろす花宮くんが、はあ、と息をつく。


「次の部屋行ったらついて来てなくて驚いたぜ」
「だって、花宮くんが待てって言ったんじゃんー…」
「にしたってわかんだろ」
「わかんないよ〜…」


「つか、一人になった途端動けなくなるとか、昔から変わんねえな」ボソッと吐かれた言葉で思い出す。子どもの頃二人で入ったときのことだ。あのときも、花宮くんがいないことに気付いた途端泣き出してその場にしゃがみ込んだ。花宮くんはすぐに戻ってきてくれた気がするけど、出たあとお母さんたちに慰められながらもぐずぐず泣いてたと思う。本当に、変わらない。自分でも少しは怖いことに慣れたと思ってたけど、まったくそんなことなかった。
花宮くんの手が伸びてくる。わたしの目尻に指を当て、涙を拭う。瞬きするとまた流れるのを見て、ふっと小さく笑った。


「ほら、そろそろ泣き止んで。次はの行きたいところに行こう」


思わず目を丸くする。花宮くんらしかぬ柔らかい声音だ。猫をかぶってることはすぐにわかった。でもなんで……


「やっば!花宮くんじゃん!」


唐突に聞こえた明るい声にガバッと振り向く。女の子が手を振って駆け寄ってきていた。彼女のすぐ後ろには同い年くらいの男の子もついてきている。見たことあるような二人に、けれど名前は思い出せない。高校の同級生?花宮くんのクラスの人かも。


「あれ?偶然だね」
「ほんと、びっくりー!もしかしてさんとデート?」
「まあね」


肩をすくめて笑顔を作る花宮くん。猫をかぶってるときの花宮くんの言うことは大体建前だ。にもかかわらず、わたしとデートに来ていることを肯定してくれたのが嬉しくて、人知れず俯いて喜びを堪える。今更ながら泣いてるのが恥ずかしくなってさりげなく両手で目尻を払う。


「ほんとに付き合ってるんだねー。花宮くんウチのクラスでも人気だから女子が超驚いてたよ」
「あは、そうなんだ」
「あ、わたしはヒデくん一筋だけどねっ!」


隣に立っていた男の子の腕に自分のそれを絡めた彼女は幸せそうな笑顔を浮かべていた。男の子も満更じゃなさそうだ。その彼が、腕時計に目を落とす。


「サチ、そろそろパレードの時間じゃね?」
「えっほんとだ、行かないと!じゃーね、花宮くんとさん!」


腕を組んだままひらひらと手を振り去っていく二人を、ポカンと呆けたまま見送る。……結局、誰だったんだろう。花宮くんは花宮くんでかぶった猫をさっさと脱ぎ捨てたようで、ハッと鼻を鳴らしてベンチに寄りかかった。腕をわたしの後ろに回し背もたれに置く。


「あのバカップルが来てるとはな。嫌なモン見たぜ」
「花宮くんの友達…?」
「あ?……覚えてねえのか?」
「え、し、知り合いだった?」
「おまえの知り合いかどうかなんざ知るかよ」


それもそうだ。「つかあいつら絶対言いふらすだろ。おまえ口止めしたの意味なかったなクソが…」足元を見下ろす花宮くんの横顔は苛立ちを隠さず不機嫌だ。来週の学校を思っているんだろうことは想像できる。
確かにこの約束を取り付けた際、誰にも言うなと口止めされていた。なんでと聞いたら「原たちに知られたら面倒くせえからだよ」とぶっきらぼうに言われたので、それならばと黙っていた。わたしもべつに原くんたちに知ってもらいたいとは思わなかったし、ただでさえ行きたがってない遊園地に付き合わせる申し訳なさもあったので彼の希望は尊重してあげようと思ったのだ。
でもそれも意味なかったんだな。今や人ごみに紛れて見えなくなった二人を思い出す。クラスの違う花宮くんにわざわざ話しかけに来れる子だ。花宮くんはあの子のクラスでよく話題に出る人なのかもしれない。


「花宮くん、人気だってね」
「あ?…ああ。ンなの知ったことかよ」


どうでも良さげに吐く花宮くんを俯きながら盗み見る。わたしも聞いたことがある。花宮くんと付き合ってから、ちらほら、幼なじみと付き合ったんだってとか、すきだったのにショックとか、そういう声が聞こえてくる。花宮くんに憧れていた子は彼に彼女ができてがっかりしているらしい。時間が経てばみんな気持ちの整理つくよと励ましてくれた友達に曖昧に頷いたのは最近のことだ。


「おまえを惜しむ男は一人もいなかったけどな」


隣の花宮くんの小馬鹿にしたような台詞には苦笑いするしかない。「そうだろうけど…」べつにうらやましかったんじゃないのに。
実際そんな声は聞こえてこない。花宮くんと付き合うことになったというと口々によかったねと祝福される。それほど花宮くんの優等生キャラは安定しているのだ。わたし自身、よかったって思ってるから、不満はないし。
わたしが言い返せないことに満足げに笑う花宮くんと目が合う。その笑顔のまま、おもむろに立ち上がる。


「さ、俺はもう気が済んだからあとはおまえの我儘に付き合ってやるよ」
「えっ、もういいの?まだお化け屋敷しか行ってないのに…」
「元よりここしか目的なかったからな」


コートのポケットに手を入れ片足重心になる花宮くん。お化け屋敷に入る前にも言ってたことだ。ほんとにあれを楽しみにしてたんだなあ……。やっぱり付き合えてよかった。今日布団に入るのが怖くなってしまうだろうけど、花宮くんの為になったと思えば後悔はなかった。花宮くんが肩の力を抜くように、はあ、と息をつく。


「おまえ泣かせられて満足だわ」
「…え?」


思わず見上げる。泣かせられてって、いつも言ってるストレス発散ってやつ、かな。またそんなこと考えてたのか、もしかして、入る前にわたしならついてきてくれると思ったんだけどって言ってたのも嘘だった、のか……。
彼の思惑にショックを受けはしたものの、それ以上の衝撃はなかった。なぜかというと、花宮くんの満足感はお門違いだと思ったからだ。
だってわたし、そりゃあ泣いてしまったけど、お化け屋敷に入ったことに泣いたんじゃない。すごく怖かったけど、花宮くんが手を握ってくれてたから、泣くほどじゃなかった。

だから、そう、花宮くんのせいで泣いたんじゃないよ。花宮くんの思惑通りじゃない。


「違うよ!」
「あ?」
「な、泣いたの、花宮くんとはぐれちゃって怖かったからで、花宮くんと入ったのはべつに…」
「だから…」


花宮くんは言いかけて、一度口を噤んだ。それから、何かに気付いたように眉をひそめたと思ったら、口角を上げた。それはもう、にやっと笑うように。


「おいおいマジで気付いてねえのか?わざと置いてったに決まってんだろ」


思わぬ言葉に呆然とする。「え…?」「相変わらず察し悪ィな。二度目だぞ」わたしを見る眼差しは立ち位置も相まってひどく見下しているようだった。
わざと置いてかれた……はぐれたのは、花宮くんの作為だった。先ほど暗闇でひとりぼっちになった絶望がフラッシュバックする。ぞくっと背筋が凍る。


「……え、二度目って、まさか…」
「ふはっ。こっちが驚かされるわ。普通にしてたらはぐれるわけねえだろ」


小さい頃花宮くんと入ったお化け屋敷。あのときはぐれたのも、わざとだったってこと、だ。
「ごめんね、怖かったよね」花宮くんがわたしを慰めながらゴールする。外で待っていたお母さんたちのところに戻ってもしばらく泣いたままで、ずっと花宮くんが親身に慰めてくれた。「はぐれちゃってごめんね」お化け屋敷の内容は全然覚えてないけど、花宮くんが優しく頭を撫でてくれたのは覚えてる。
あれが全部嘘だったなんて。ぶわっと、目の下が熱くなる。ぎゅっと眉根を寄せて堪えるけれど、今にもこぼれてしまいそうだった。心臓がじくじくと痛い。膝の上でスカートを握り込む。


「う……」
「こんなとこクソほど来たくなかったのに付き合ってやってんだから、これくらい大目に見ろよ」
「お……も、もう花宮くんとはお化け屋敷入らない…」
「あっそ。言ってろ」


わたしの冷たい宣言にさほど機嫌を損ねた様子もなく、どちらかというと上機嫌の花宮くんはバッグから取り出した園内マップをわたしの太ももの上に放り投げた。「で、どこがいいんだよ」悔しい。全部花宮くんの思うツボだ。このまま負けっぱなしは嫌で、マップを持ち、振り切るようにガバッと立ち上がる。


「……コースター乗りたい!あの可愛いやつ!」
「却下」


花宮くんの意見を無視して手を引っ掴む。「俺は乗らねえからな」わたしに引っ張られるまま、一応はついてきてくれる。もっと抵抗されると思ったので意外だった。


「ありがとうございます。二人で行ってきますね」わたしのお母さんから招待券をもらった花宮くんが人のいい笑顔で答える。花宮くんは自分へ過重の信頼を寄せるお母さんに対し猫をかぶっているので、親切を無下にできないのだ。いくらわたしがお出かけに誘っても絶対に来ないのに、遊園地なんて似合わない場所に来てくれたのはそういう理由だった。


とはいっても、理由をつけて行けなかったってことにもできただろうに、律儀に実行してくれたのが嬉しかった。掴んだ手を、手のひら全部が合わさるように握り直すと、花宮くんがわずかに動揺するのが伝わった。それだけでわたしは愉快になって、ぎゅうと握り込んで軽快な足取りで遊園地を歩けるのだった。