「えっ、付き合ってないんスか?」 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。やば、と思いつつも隣に座るも目をまん丸にして「う、うん」と頷いたので、なかなかに間抜けたシーンだったに違いない。 黒子っちの誕生日に合わせて集まったメンバーには、キセキと呼ばれた選手の他に桃っちとも含まれていた。関東にいる俺たちは放課後即行集まってバスケをしていたけれど、残りの三人が着いたのは日の沈む一歩手前の時間だった。すでに盛り上がる俺たちを見た紫原っちがげえっと露骨に嫌な顔をしたのと対照的に、赤司っちは余裕げな笑みを浮かべていたのを覚えてる。ナイター照明があるコートを選んで正解だった。今はもう夕焼けも深まってきており、黒子っちはダウンしてベンチで横になっていた。 黒子っちと同じタイミングで一旦抜けた俺は一人で見学していたの隣に失礼することにした。さっき桃っちのお手伝いをしてたみたいだったけど基本的にバスケ部の部外者である彼女はベンチで見てるくらいしかやることがなく、けれどもおとなしく静かにしているだけなので誰も気にすることはなかった。言うなれば、中学の部活のときとおんなじ感じだ。構いに行くのが俺っていうのも変わらず。 ほぼ一年ぶりだったので久しぶりだねという会話から、ずっと聞きたかった話題を切り出した。「赤司っちとは最近どうっスか?」「えっ?変わらずだよ」そんな予想外の返事に、冒頭の素っ頓狂なリアクションをしてしまったのだった。 だってここに到着したときの二人、心なしか距離が近く感じたし、話してる雰囲気がなんかあったかかったし、なにより赤司っちの目が前より……ってことで、俺的にこれは付き合ったなと直感してたのだ。それがまさか進展なしなんて。 納得いかなくてつい根掘り葉掘り聞き出したところによると、学校で距離を取ったりすることがなくなって、普通にしゃべるようになったらしい。へえ、と素直に驚く。中二の夏頃聞いた赤司っちのスタンスを知ってる身としては、それはかなりの進歩じゃないかと思う。でもいいのかな、赤司っち、ドッジボールのときみたくと一緒にいるとこ見られたらすぐわかっちゃう気がするけど。 「大丈夫なんスか?なんか僻みとかすごそうだけど」 「あ、うん…意外と大丈夫だよ。むしろ知らない人から話しかけられることが多くなった」 「あー…」 「でも大丈夫だし、もし何か言われても、負けたくないって思ってるよ」 「そっスか。なんか、強くなったっスねー」 何気なく言った言葉だったけれど、予想外に彼女を喜ばせたらしい。は肩をすくめて「だといいな…!」と、頬を染めながら返した。それに悪い気はしないので、頑張れと激励を送っておいた。 事実は変わったと思う。中三までの彼女は赤司っちの庇護下に収まりただひたすらに守られていたイメージがあった。表立って赤司っちが何かしていたわけじゃなかったけど、距離を取られていても本当の意味で彼がを手放すことはありえなかったので、も何もせず受け入れていたように思う。俺が知る限りは赤司っちの言うことに何でも頷くイエスウーマンで、典型的な弱い人間だった。ただ、彼のことに関する行動力だけはあった。それが今の「負けたくない」に表れてるのだろうか。 「てかそこまで思ってるんなら告白してみりゃいいのに。すきなんでしょ?」 これまた何気なく口にしたけれど、そういえばに聞いたのは初めてだったなと思った。 「うん。でも、言わなくてももう知ってるから…あはは…」 「それもそっスね…」 妙に納得してしまった。こんだけ好意全開なんだから知ってて当然か。ていうかこそ赤司っちにどう思われてるか知ってんのかな。いや俺もはっきり聞いたわけじゃないけど、でもみたいな人って悪い方に勘違いしそうだし、赤司っちからちゃんと言ってあげないとこじれそうだけどなあ。背もたれに寄りかかり彼女を横目で見遣る。は正面を向いて、目の前のコートで2on2をする赤司っちたちを見ていた。その表情はどことなく楽しそうで、俺はこの横顔を見たことがある気がした。…ああ、ドッジボールでを見てた赤司っちだ。だとすれば彼女の行動原理はよくわかった。ほらだから、上手く行ってほしいと思ってるんスよ、ほんと。 「って告られたことある?」 「えっ」 唐突だったか、は俺に向いて目を丸くした。それから逸らして地面に視線を落とす。頬も次第に赤くなってる気がした。あれ。意外な反応にちょっとびっくりした。てっきり、ないって即答されると思ったから。 「赤司っちから告られたんスか?」 「え!そ、そうじゃなくて…!」 「え?!誰に?!俺の知ってる奴?」 思わず詰め寄ってしまう。身を引いたは顎を引き、言いづらそうに目線を泳がせたあと口を開いた。「冗談だったんだけど、灰崎くんに…」…は?予想だにしてなかった名前に呆気にとられる。灰崎って、灰崎祥吾のこと? 「真に受けたら笑われちゃって恥ずかしかったなって思い出した…」 「いや、それはショウゴくんがクズってだけっスよ…」 頭が働かず思ったことをそのまま口にしてしまうと、は俺を見上げ、へにゃりと笑った。それはいつもの彼女らしくなく、情けないといったように眉をハの字に下げていた。 「それで征十郎くんにも迷惑かけちゃったことあるんだ」 「…へえ」 まあ、あの男のことだ、大体想像はつく。俺の耳には入らなかったところから察するに、そこまで大ごとにはならなかったんじゃないかと思う。赤司っちがどうやって収束させたのか気になるところではあるけれど。 と赤司っちの関係を、家族愛的なものだと納得しかけていた頃があった。もうそれしかないと思っていたのだ。お互いを大事に大事にしてるのに一向に結ばれようとしないのは、恋愛云々ではなく、そういう関係だからなんじゃないかと。もちろん血縁関係がないのは知ってるけど、幼なじみってそういうもんなのかなと思った。青峰っちと桃っちとはまた違う距離感でちょっと混乱させられたけど。 でも、違うよなあ。、赤司っちのことすきって言ったし。じゃあやっぱり赤司っちの方に別の理由があるのかな。 の横顔は依然満ち足りていた。「クソッまた抜かれた!」わいわい盛り上がるストバスの光景を眺めながら、征十郎くんやっぱりすごい、と呟く彼女は、まさに恋をしている眼差しだった。 「、今幸せっスか?」 つい口をついた質問だった。 「うん!」 今度こそ即答。満面の笑みで頷いた彼女はこの世の幸福を知ってるみたいだった。そっか、と思わず笑みがこぼれる。俺はずっと、彼女からその言葉が聞きたかったのかもしれない。多分、初めて会話した頃に聞いても同じ答えが返ってきたんだろうけど。 両手の親指と人差し指でカメラのフレームをつくる。中学の赤司っちの間違い、見つけた。彼女はいつだってあんたといて幸せだったよ。ああでも、 「、今の笑顔が一番素敵っスよー」 写真を撮るように指のフレームで彼女の笑顔を切り取る。は一度キョトンとしたあと、また緩く笑った。俺も肯定するようにニッと笑顔を作る。やっぱり俺の直感はいい線行ってたんじゃないかな。二人の間に何かあった。そしてそれはの幸せを膨らませる効果があったんだ。もちろん、赤司っちにも同じことが言えるんだろう。 「いやあ、でも赤司っちもぼやぼやしてらんないっスね。なんてったってショウゴくんに先越されちゃっ……」 「楽しそうな話をしてるな」 げっ。思いっきり顔が引きつる。声と同時に視界の端に人影が映り込んだのだ。間違いなく赤司っちだ。いつの間に終わってたんだ、こっち来てたの気付かなかった。明らかにぎこちない笑顔で振り向くと、スポーツタオルを首にかけた彼は汗を拭いながら、ん?と首を傾げた。聞こえてなかったかも!淡い期待は次の瞬間浮かべた彼の笑みによって見事に打ち砕かれたけれど。 「…いや、今のは言葉のアヤっていうか」 「どこら辺が綾なのか説明してほしいところだが…まあいい。、桃井が買い出しに行ってくれるようだから、ついて行ってくれないか?」 「うん」 即答に内心うわあと青くなる。のイエスウーマンっぷりが今は恨めしい。見捨てたつもりはないんだろうけど、お願いだから今赤司っちと二人きりにしないでほしかった。腰を上げ桃っちの方へ駆けて行くを視界の隅で見送りながら、「黄瀬」うっと肩に力が入る。 「あ、赤司っちは知ってたんスか?ショウゴくんのこと」 「もちろん。当時から事情を聞いていたからね」 「へ、へー…」 そりゃそうだ。普通に気まずくて目を逸らす。立ちはだかる彼はしかしそれほどプレッシャーをかけているわけではなく、多分ただ俺を見下ろしているだけだった。……そういや赤司っち、嫉妬しないのかな。中二のあのときを思い出してふと気になった。「は俺のだ」そうしてまでへの独占欲を露わにした彼はしかし今、そんなことを言い張る様子は見受けられない。なんか赤司っちもも、単にメンタル的に強くなっただけじゃなくて妙に自信ありげに見えるというか、余裕を感じて今まで以上に奇妙に見える。ほんと、二人に何があったんだろう。 あ、もしかしたら今なら答えてくれるかも。パッと顔を上げると俺を見下ろす目と合った。 「赤司っちって、のことすきなんスか?」 これを聞いたのは確か、今は眠ってるっていうもう一人の赤司っちのときだったっけ。思いながら反応をうかがうと、彼は目を丸くして、それから眉尻を下げて柔らかく笑った。…ああやっぱり、その顔変わんないなあ。 「すきだよ」 目を細めながらまっすぐ俺を見据えて返された答えに、自然と口角が上がる。「あははっ」つい笑ってしまった。なんだ、あのときも同じこと言ってたんじゃん。まだ言うには早いとかかっこつけちゃって、そりゃーすきに決まってるじゃん。しかもその余裕、完璧だわ。これで付き合ってないのすげーよ。 「そうだ。黄瀬にも伝えておこうか。さっき気にしていたみたいだから」 「へ?」 顔を上げると赤司っちと目が合い、にこりと微笑まれた。 「にももう伝えているが、彼女にはインターハイが終わってから交際を申し込むつもりだよ」 「えっ……ええ?!」今日イチでかい声を出してしまった。さっきの聞こえてた?!ていうか交際申し込むって、ていうかも知ってるって、……は?!目を白黒させる俺と対照的におかしそうにクスクス笑う赤司っち。爆弾発言しといてこの人は……と思いつつ、そう言われてみると今日のの態度には納得できる節があった。つまり彼女の心には最強の後ろ盾ができていたのだ。 「もちろん、相応の結果を出した上でだが」 「へえ……え、当たっても手加減しないっスよ?!」 「当然だろう。だから他校のおまえには言ったんだ」 「うちの部員には俺個人の事情でプレッシャーをかけるわけにはいかないから伏せているんだが」そうのたまったあと首を軽くひねってコートに振り返った赤司っちに人知れず引きつった笑いを浮かべてしまう。なんだよ、この人プレッシャーにめちゃくちゃ強いじゃんか。この程度屁でもなさそうだ。再度正面に向き直った彼はまっすぐ俺を見据えたと思ったら、赤色の目を瞬かせ、にこりと笑った。 「おまえたちとの試合を楽しみにしているよ」 その言葉にはすんなりと、望むところっスよ、と返せた。と同時にコートから呼び出しが掛かり、赤司っちが踵を返す。どうやら次の試合が始まるようだ。返事をして俺も立ち上がる。「たちが戻ってくるまでに終わらせよう」頭だけ振り返る赤司っちに頷く。 ふと、中学の頃耳にした噂を思い出した。「赤司征十郎がの面倒を見るのはお守をしてるようなもの」彼が彼女をどう思ってるのか知らない奴らが、よくもまあ適当なことを言えたもんだといっそ感心する。 お守っていうか、おまもりって感じだ。コートへ向かいながら彼の背中を眺める。堂々と歩く、少しの心配もいらない背中だった。赤司っちの心にも最強の後ろ盾ができたんだとよくわかる。きっと試合の彼は今まで以上に手強い。大会で当たるのが楽しみだ。 そうだ、桃っちに報告しないと。で、にはよかったねって言ってあげたい。想像すると自然と口角が上がって、なんだか愉快な気分になった。 おわり |