まただ。
自動扉に促されるようにして足を踏み入れると、静かな音を立てて再び扉がスライドして閉じた。無人の作戦室を一瞥してまだ誰も来ていないのかと思ったが、奥のベイルアウト用のマットが置いてある部屋からかすかに音が聞こえた。
「おい。誰かいるの、か…」
目の前に広がる光景に思わず声量を下げた。
1人は「ダルい」が口癖のうちの隊員。換装体ではないため、トレードマークの帽子は被っていない。傍らには黒い3DSがある。
もう1人はその幼馴染のだ。彼女もまた制服のまま猫のように丸まって眠っている。傍らに放られている白色の3DSは、赤色の点滅が死へのカウントダウンを示していた。どうなっても知らねえぞ、俺は。
「またこいつらは…」
俺か穂刈がベイルアウトした時のことを考えてンのかよ、と言いたくなるのを堪えた。半崎のことだから俺たちの予定を把握した上でここを使っているのだろうが、そもそも用途が違う。
ミーティングや任務までに時間があると、半崎はよくと一緒に作戦室で時間をつぶす。大体はゲームをして過ごすことが多い。
半崎はゲーマーだがは違う。寧ろはゲームが下手で、言っちゃ悪いが協力プレイなどでは足を引っ張るようなタイプだ。だから毎回幼馴染である半崎に泣きついて手伝ってもらっているらしい。半崎もダルいダルいと言いながら必ずをサポートしたり、時々彼女に代わってプレイしていることがある。単にゲームがすきだという理由だけで半崎がここまで動くとは思えないから、それ以外に理由がある。
起こさないように足跡を殺して2人に近づく。いや、おかしいだろ。むしろ俺は注意するために起こすべきじゃないのか? と自分に自分でツッコミを入れたが、こいつらの寝顔をみていると鬼にもなりきれず。
の腰元に学ランが掛けられていることに意識が向く。持ち主は誰だとわざわざ聞かなくても、半崎の格好を見ればすぐにわかる。
「気持ちよさそうに寝やがって…」
俺にも同い年で、異性のボーダー所属の幼馴染はいる。他の女子に比べたら関係は良好だと自負しているが、ここまで距離が近くない。その点に関してはお互い弁えている。あいつ、最近鋼と上手くいってんのかな。
こいつらは何かと距離が近いのだ。少なくとも、半崎はただの幼馴染だとはこれっぽっちも思っていないだろう。普通、自分の学ランを掛けてやるか?
「何してるんだ? そんなところで」
「!! チッ…穂刈、驚かすなよ」
気がつかないうちに背後を取られていた。
当の本人は背後を取ったつもりはないため、何をするわけでもなく両手にポケットを突っ込んだままその場に突っ立ったっている。相変わらず表情が読めない。
俺越しに奥を覗き込んで、「ああ」と何かを理解した声を漏らす。
「新キャラが出せないって言ってたな。が」
「あ? …ああ、ゲームの話か」
「条件があるらしいぞ。新キャラを出すのに」
予想的中。果たして、無事に新キャラは出せたのか。それとも、条件を見たす前に心が折れたに釣られて半崎も寝てしまったのか。
「こいつら距離近くねえか?」
「いいんじゃないか? 仲睦まじくて」
若干的外れな返事をしながら穂刈はスマホのカメラで2人を写真に収めた。シャッター音が無神経に隊室に響いた。どうやらこいつにはこの光景が微笑ましく見えるらしい。それとも半崎の弱みを握るためか。つーかどのポジションからの発言だよそれ。
「チッ…おい、半崎。半崎、起きろ!」
この作戦室では俺がルールとまでは言わないが、やはりベイルアウト用のマットをこのように使われるのは見過ごせない。強めに半崎の肩を揺すると、唸りながらゆっくりと目を開けた。
「……はよっす」
「ここで寝るな。俺か穂刈がベイルアウトしてきたらどうすんだ。危ねえだろうが」
「寝るつもりはなかったんですけど…すんません」
ダルそうな表情は相変わらずだが、素直に謝ってきたので悪気はなかったようだ。俺の説教に対して半崎の意識は謝罪をしてすぐに逸れてしまい、隣でまだ夢の中にいるに注がれた。彼女の3DSが悲鳴を上げていることにすぐ気が付き、テキパキと充電器を差し込み始めた。
「は出せたのか? 新キャラ」
「が途中でミッションに飽きたんでまだッスね」
「いや、も起こせよ!」
充電器を差し込んだ流れでを起こすと思いきや、半崎はの寝顔を一瞥しただけだった。そしてそのまま穂刈とゲームの話をし出すものだから、思わず遮るように口を挟んでしまった。先ほどから感じる疎外感は何なんだ。俺がおかしいのか?
半崎が目を覚ましたことをきっかけに、いつの間にか声量を気にしなくなっていたらしい。
「…、…!! ごめん、半崎っ!! 寝ちゃった!!」
「いいよ別に。俺も寝てたし」
「え〜〜本当にごめん!! ……って、あっ、荒船さんっ!?」
は寝落ちする前の状況からあまり時間が経っていないと思いこんでいたようで、俺たちの存在に気づくのに時間がかかった。俺に気付いた途端サーッと顔色を悪くし、そこからの行動は早かった。
俺と穂刈に対してマットで寝てしまったこと、次に半崎に再度寝落ちしたことを謝り、充電し始めた3DSをコードから引っこ抜き身の回りの荷物をひっつかんで去り際の挨拶を叫びながら出て行ってしまった。そして入れ替わりで加賀美が入ってくる。
「凄い勢いでちゃんとすれ違ったけど、どうかした?」
「半崎とがマットで寝てたから注意しただけだ」
「なるほどねえ」
「そういえばいいのか? 学ランは」
「あー…後で返してもらうんで」
「ねえねえ、実際のところ半崎くんとちゃんってまだ付き合ってないの?」
恐らく隊員全員が思っているであろう疑問に加賀美が鋭いメスを入れた。俺たち同性が聞いたところできっと半崎は素直に質問には答えないだろうが、異性の加賀美は話が別なのだろう。恋愛に関しては女子の方が強い、そう思った瞬間だった。
「別に、どうだっていいじゃないッスか」
「ふふ、そっかそっか。頑張ってね〜」
濁しきれていない半崎の答えに対して、加賀美は深追いすることなく満足そうに目を三日月のように細める。そんな加賀美からの温かい目から逃げるように半崎はそっぽ向いてしまった。確かに、こいつの言動は付き合ってはいなくてもに好意を寄せていることを肯定していることと同じだ。
「言っときますけど、余計なことしないでくださいよ。ダルいんで」
「だったらまどろっこしいことしてねえでさっさと何とかしろ」
「わかってないなあ、荒船くん。こういうのは、急げばいいってものじゃないんだから」
「加賀美の言う通りだぞ。荒船」
「お前には言われたくねえよ!!」
半崎の片思いが知らない間に隊全体を巻き込んでいるのだから、報われてもらわないと困る。そういう意味で言葉を発したらダメ出しをされる始末。納得がいかない。
やってらんないぜベイビー(191222)
title: くつひも
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