「堤くんって某携帯怪獣のタケシみたいな顔して、実はお酒強いでしょ」
「前半関係無くないか?」

 周りが忙しない流れの中、私たちのいる空間だけゆっくりとしている気がするのは、きっと真正面に座っている男が醸し出している雰囲気のせいだろう。私の反応し辛い言葉に対して親切にも疑問形ながら返事をしてくれたのに、私は彼の質問に答えるよりも注文していた生ビールを喉に流し込むことを優先した。酒を飲む時、一杯目は生ビールと決めているのだ。ちなみに堤くんも生ビールなのだが、彼はもうグラスの中身を空っぽにして机の端にそれを寄せており、今彼の手中には焼酎のロックがある。

「関係あるよー上手く説明できないけど、…うん、察して!」
「いやそれ無理があるだろ…そういうは、強そうな顔してるよな」
「そう〜? まあ弱くもなければ強くもないから普通だけどね」

 一杯目は生ビールと決めているだけであって、これ以上ビールは飲めないのだ。右手に持つアルコールが底を尽きたらカクテルへ路線を替えるのが私のいつもの飲み方なのである。堤くんには普通と言ったけど、ビールを一杯しか飲めない時点で弱いのでは? わからない。そうこうしているうちに、注文した刺身の盛り合わせとたこわさが運ばれてきた。刺身の盛り合わせを注文したのは私で、たこわさは堤くんだ。

「たこわさ頼むって、やっぱりお酒強い人じゃないと頼まないと思うんだよね。お酒との組み合わせが良いんでしょ?」
「まあ、確かに。酒に合うよな。美味いし」

 酒に強い人は、自分の酒を飲むペースと胃袋事情を把握してる気がする。酒はアルコール含んでいる分お腹が張りやすいので、お腹いっぱいになりにくい料理を頼む。それこそたこわさとか。私も酒に弱くない訳ではないが、毎日飲むほどすきという訳ではない。家で酒は飲まないし、こうして誰かと居酒屋で飲むぐらいだ。だから、何を食べるとすぐお腹にいっぱいになるのかとはかあまりわかってない。刺身を頼んだのは、アルコールによる胃の攻撃を和らげるためだ。なんか刺身にはそういう効果があるらしい。しんぴのベールで包んでくれる感じだろう。

「今更だけど堤くん、たこわさめっちゃ似合うね?」
「喜んでいいのかそれ」

 堤くんは、ボーダーに入ってることもあって人脈が広いからよくお酒飲みに行くんだろう。まあ私も一応ボーダー隊員なんだけどね。自分が所属する部隊は隊長が成人済みだけど、私以外の隊員は未成年ということもあって、教育上よろしくないという隊長の計らいもあり、お酒の場に行くことはない。どうだ、立派な隊長だろう。どこぞのA級1位のヒゲもじゃは平気で未成年の隊員を居酒屋に連れてって自分だけ酒飲むからな。未成年に酒を強要していない点は感心したが年上の威厳もくそもない。そして飲むだけ飲んだら酔うだけ酔って、隊員に介抱してもらうことも少なくないらしい。たまたまそのことを出水くんから聞き、しかも思い出しただけでげっそりした表情を浮かべたので不憫に思った私が忍田本部長にチクったのでちょっとはマシになったんじゃないかな。

「堤くんって酔ったらどうなるの?」
「さあ…まだ酔ったことないからなあ」
「え、そうなの?」
「そうそう」

 そういいながら、彼はもう焼酎ロックを飲み終えてしまう。私もつられてグラスを空ける。次はカシスオレンジだ。堤くんはメニュー表を一瞥してから「梅酒のロックにするか」と言ったので、手元のベルスターを押す。すると店内に軽快な音が響いた。その音に店員が気づくかどうかは話が別だが。

「ちなみにマーライオンになったことは?」
「マー…? ああ、無いな」

 一応、食事中なので言葉を濁したのだが、なんとか察してくれた。

「酔えないほど酒が強いのかそれとも酔えるほど酒が飲めない理由があるのか、どっち?」
「どっちだろうなあ」

 なんでそこ濁すかなあ。想像にお任せしますってやつか? どちらも当てはまる気がするから気になるんだよなあ。堤くんが誰かと酒を飲む時は、諏訪さんや太刀川とかと飲む機会が多そうだ。いかにも酒に飲まれやすいメンツだ。そして堤くんが介抱に回らざるを得ない気がする。それとも酔う前に相手が酔うから酔えないとか? ますますわからなくなってきた。

「まあどっちにしても、堤くんは酒を強要してきたりするような理解のない野郎とは大違いだし、一緒に飲んでて楽しいし、私にとったらありがたいね」
「ははは、にそう言われるとありがたいなあ」

 堤くんとはこうして、不定期に酒を飲む。今回はたまたまボーダー本部の廊下で会い、お互いの予定が合ったので久々に飲むか? という流れになっただけだ。溜まりに溜まった愚痴を酒のつまみにするような飲みでもなく、相談事のための飲みでもない。お互いにすきな酒をマイペースに飲みながら料理をつまむ。そして何となく思いついたことを言葉にするだけ。とにかく緩い。それほどに私たちの関係性は曖昧なのかもしれない。曖昧ではあるんだけど、堤くん相手だと気をそこまで遣わなくていいし、話していて落ち着く。上手く説明できないけど落ち着くのだ。

「逆に堤くんはどうなの? 私別に酒強いわけでもなかったら笑わせるような芸も持ち合わせてないし、大丈夫? って、こんなこと直接聞かれても言いづらいよねー」
「俺も普段周りが騒がしいからな…と飲む時は落ち着いて飲めるから全然問題ないぞ」
「そっかそっか、それなら安心」
「俺もといると安心するよ」
「お〜それならこれからもこの不定期飲み会は開催できるね! ということで私はトイレへ行ってきます」

 “トイレ”と言った後に、そういえば望ちゃんは“お手洗い”って言っていたことを思い出す。トイレよりもお手洗いって言った方がお上品だし丁寧だよなあ。今度は望ちゃんを誘って3人で飲んでもいいかもしれない。でもなんとなく、この飲み会は2人で続けていきたいなあと思った。こんなことを考えながら店のご厚意で用意してくれているスリッパを履いてトイレへ向かう。

「そういう意味で“安心”って言った訳じゃないんだけどなー…」

そして堤は彼女が居なくなった空間で、梅酒を仰いだ。



ただ一つ確かなもの(170124)
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